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在宅介護の大変さと価値観の押し付け

A子はもうすぐ60歳。2歳年上の夫B男が20年前に倒れた。時間の経過とともに進行してゆく不治の病と診断されたが、現在の病状であれば手術により日常生活が可能なレベルまで回復可能とのこと。夫は手術を受けた。医者の見立て通り、退院後夫は健常者というわけにはゆかないが、仕事を続けることができた。その後は3年に1度手術を受け、夫は何とか仕事を続けることができていた。ところが今から5年前、病気の進行による運動機能の低下により、夫は道で転んで脚の骨を折ってしまった。骨をボルトで繋ぐ手術を受け、脚は回復したはずなのだが、それを機に夫は介護を要する体になってしまった。
在宅介護が始まった。A子は仕事を持っていたので、ケアマネージャーを介して訪問ヘルパーの力を借りた。A子は朝起きると、洗濯機を回し、夫のトイレ誘導とオムツ交換を行う。トイレ誘導は、ベッドとトイレの往復に車椅子を使う。そして、夫と自分の朝食を作り、夫が朝食を取るのをサポートしながら自分の朝食を済ませる。その後、洗濯物を干し、仕事のために家を出る。午前中にヘルパーが来て、夫の下の世話をしてくれる。お昼もヘルパーが来て、夫に食事をさせてくれるとともに、夫の下の世話をしてくれる。夕方もヘルパーが来て、夫の下の世話をしてくれる。A子は仕事からの帰りに買い物をし、自宅に着くと、夫のトイレ誘導とオムツ交換を行う。次に、洗濯物を取り込む。そして、夫と自分の夕食を作り、夫が夕食を取るのをサポートしながら自分の夕食を済ませる。寝る直前にも、夫のトイレ誘導とオムツ交換を行う。平日はこのスケジュールでA子は頑張った。日曜日は大変だ。ヘルパーが来ないのだ。朝起きてから夜寝るまで、ずーとA子が夫を介護しなければならない。
A子と夫との間に子供はいるが、もう成人している。A子は在宅介護を始めるにあたり、子供を介護に引き入れることはしない、と誓った。子供には子供の人生があるのだし、介護によってその人生が歪められてしまうことを避けたかったからだ。子供には自由な人生を歩んでほしい、と思ったからだ。
在宅介護の間も、1ヵ月に1度は夫を病院につれてゆかなければならない。A子は仕事を休み、夫を車椅子に乗せ、バスで病院まで往復する。介護タクシーを使えば、A子はずっと楽になるのだが、往復で1万円もかかってしまう。A子にそんな金銭的余裕はない。バスで往復すれば800円で済む。道で夫を乗せた車椅子を押している時に、ベビーカーを押している母親とすれ違うと、A子は悲しくなった。車椅子を押しても押しても、夫の病気は悪化してゆく一方で、よくなることはないのだ。ベビーカーの赤ちゃんは、そのうちベビーカーから降りて元気に歩くようになるのだ。
夫の病気は確実に進行していった。肉体的な運動機能も確実に低下していった。そして、いよいよ脳機能の低下も目立ち始め、ボケがひどくなっていった。とうとう夫は、喋ることもほとんどなくなっていった。通院も困難になってしまった。トイレ誘導も困難になってしまった。完全に寝たきりの状態になってしまった。食事を取ることも難しくなってしまった。ケアマネージャーに、もう在宅介護は無理だ、ヘルパーも責任を持てない状態だし、第一あなたが倒れてしまうよ、と暗に夫を入院させるようA子は忠告を受けた。夫が満足に食事が取れなくなったこと、またそれによって夫の体温が不安定に上下することに、A子は困り果てていた。A子は精も根も尽き果てていた。
A子は医者に相談した。医者に窮状を訴えた。医者にケアマネージャーからの忠告を伝達した。医者は了解し、入院の予約をとってくれた。
入院当日、A子は子供の力を借りた。タクシーを呼び、子供と二人で痩せ細った夫を抱きかかえながら運び、夫をタクシーの中へ押し込んだ。見かねたタクシーの運転手が手伝ってくれた。タクシーの中では、夫を真ん中にして子供と二人で両側から夫を支えた。病院に着くと、子供と二人で夫をタクシーから引きずり出し、何とか車椅子に乗せた。入院手続きを済ませた後、子供に付き添ってもらいながら、A子は車椅子を押して、病室のベッド脇まで夫を運んだ。後は病院の看護師がやってくれた。
ベッドに横になっている夫を見やりながら、A子は心の中で涙を流し、夫に最期の別れを告げた。もう夫は生きて自宅に帰ることはない。この日子供に手伝わせ、同伴させたのも、子供に父親との最期の別れの機会を与えるためでもあった。病院から帰ると、A子は夫の兄弟に、夫が入院したので顔を見せに行ってほしい、と連絡した。
A子は、人生に区切りを付けたいと強く願った。夫との最期の別れは、もう済ませた。もうA子は、病院には行きたくなかった。それでも、仕事が休みの土曜日に、消耗品の介護用品を届けに病院に行った。その際は、何の反応も無い夫の顔に手を差し伸べて、生きていることだけを確認した。A子は思った。ここまで何とか来れたのも仕事のお陰だと。仕事を持っていなければ、とうに身も心もパンクしていたはずだと。実際、仕事をしている間だけ、A子は介護から身も心も解放されていた。
A子の頭の右と左に、夫がA子に言った2つの台詞が張り付いている。一方は、夫の意識が割合しっかりしている頃の台詞で、「もし俺が元気になりお前より長生きするようだったら、俺はお前の下の世話をしてお前を見取ってやる」というものだ。他方は、夫がほとんど喋らなくなった時に、驚くほどはっきりした攻撃的な口調で言った台詞で、「お前は俺のことを人間扱いしているか?」というものだ。また、A子は夫の葬式のことを考え始めていた。夫の葬式のことは、重石のように、A子の心を沈ませていった。
ある土曜日、A子が介護用品を届けに病院に行くと、夫の兄弟(姉一行)も来ていた。初めて病院で夫の兄弟と出会った。夫の兄弟はA子に怒っている様子だった。夫の兄弟は、「看護師さんに訊いたら、あなた病院に殆ど来てないそうじゃないですか。私達はB男がとても心配でちょくちょく来ているのですよ。B男がこんな時にあなたがしっかりと付き添わないでどうするのよ。妻ならそうするのが当たり前でしょう。あなたからほっておかれるなんて、B男が不憫で不憫で・・・・・・可哀想」。A子は、入院する前はちゃんと介護をしていたんですよ、としか反論できなかった。A子は、夫の兄弟との間に意識の絶望的な段差があることを感じた。それ以上、言葉を発する気にはなれなかった。
さてさて、B男の兄弟の発言内容は、世間で言う常識的なもので、誰でもそう言われればそうかなと思うでしょう。A子の精神状態や行動も、A子を良く観察すれば、納得できるものである。どちらが正しいかという問題ではなく、どちらも正しいのである。正しいことのぶつかり合いは、世の中では沢山起こる。そんな世の中を少しでも丸くするには、次のような知恵が役に立つ。
事象が犯罪に絡むものでない限り、自分の価値観を他人に押し付けないこと。どんなにすばらしいと自分が思う価値観であっても、決して他人に押し付けてはいけない。他人の人生は、その人自身のものなのである。上の例で言えば、死期が近い夫が入院したら妻が病院にこまめに通い夫に付き添うべき、というのもあくまでもB男の兄弟の自分の価値観なのである。そう思わない人もいるし、そういう行動を取れない精神状態にある人もいる。そういう行動を取ってない人に向かって、そういう行動を取るべきだ、と言ってはいけない。B男の兄弟は、自分の夫がそういう状態で入院した時に、自分の価値観に従って、自分が病院にこまめに通い夫に付き添えばよいのである。自分の価値観は、自分の中だけに留めるべきなのである。このあたりのことを含めて人間や人生を理解している人の数は少ない。世の中、正しいことのぶつかり合いで、今日も波立っている。
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