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日本人の精神構造 恥という感覚

人が日本社会で育つと、いつの間にか、恥に関する感覚が備わり、そしてどういうものが恥かを知るようになり、恥をかかないように生活していこうとする姿勢が身に着く。どういうものが恥に相当するかは、あくまでも自分自身の感性に刷り込まれるのであり、他人の顔色をうかがって変化するようなものではない。そして、恥に関する感覚は、もっぱら自己の行動を縛るために働く。要するに、恥とは自己の中で内的に作用するものであり、自己を律する概念なのだ。平均的な日本人の精神構造においては、恥という感覚が大きく特異な位置を占める。
菅内閣の官房長官であった枝野氏が野田内閣で失言大臣に代わり経済産業大臣になった。誰の目から見ても明らかなように、菅内閣が無能との民主党内外における圧倒的多数の判断により、菅内閣に代わり野田内閣が誕生したはずだ。このような背景を考えると、菅内閣の官房長官であった枝野氏が野田内閣で経済産業大臣になった行為は、日本人の精神構造においては、恥に相当する。
無能との烙印を押された菅内閣の一員であった枝野氏は、自身にも無能との烙印を押されたことになるのだ。恥を知る普通の人であれば、誰かに教わらなくても、当然そのように理解する。少なくとも次の衆議院選挙で再度当選して選挙民の信任を得るまでの間は、内閣には一切かかわらないようにするのが、恥を知る人のすることである。他人からどんなに内閣に入るよう勧められても、自分自身の基準に照らして考え、その結果内閣には一切かかわらないようにするのが、恥を知る人のすることである。
そのような枝野氏を経済産業大臣に指名した野田氏も、恥を知らない人である。指名する方も、指名を受ける方も、恥を知らない人である。多くの人が言うように「あなた達、日本人ですか?」と尋ねたくなる。
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