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進化論と天地創造説

天地創造説によれば、神が無からこの世のものすべてをたった数日で造った、とのこと。学校や社会で進化論を叩き込まれた人は、天地創造説と聞くと、冗談でしょう、と思うことだろう。普通に考えれば、天地創造説を信じることはできない。それでは、進化論は信じるに値するものなのだろうか?
生物の例として、トンボを見てみよう。4枚の羽を自在に操って、空中静止、超低速飛行、中速飛行、高速飛行、急加速、急減速、急速方向転換、緩速方向転換、大回りの旋回、小回りの旋回、空中静止からの急発進、急停止などなど、なんでもござれ。こんなものに、大腸菌のような単細胞生物が進化してなれるのか?どんなに突然変異を繰り返しても、どんなに世代交代を重ねても無理だろう。
羽を持つ前の始祖昆虫の一匹の雌と一匹の雄がもうけた子供達がこの世で初めて羽をつけていたとしよう。子供達は羽の動かし方を知らないので、風が吹くと羽に当たる風で体が煽られるだけだ。世代交代を重ね、何度突然変異を繰り返しても、羽の動かし方を知らないので、風が吹くと羽に当たる風で体が煽られるという昆虫のままだ。世代交代を重ね幾度も突然変異を繰り返すことにより羽の動かし方を学習するのだ、と言えばもっともらしく聞こえるが、この話は論理的に飛躍していて破綻している。要するに、世代交代を重ね、何度突然変異を繰り返しても、羽の動かし方は知らないままなのであり、自分で羽を操作して、空を飛ぶことなど起こり得ない。まして、トンボのように自由自在に空を飛ぶことなどあり得ない。空を自由に飛ぶという強い欲求が無い限り、実際に空を自由に飛ぶことなどできない。この強い欲求こそが、世代を越えて、試行錯誤を繰り返すことを可能にし、ついに空を自由に飛ぶことを実現し得るのだ。そういう強い欲求が昆虫にあったとは思えない。
神が無からこの世のものすべてをたった数日で造ったという天地創造説を全面的に信じるわけにはいかないが、そこには何とも言えぬ魅力的な部分がある。その魅力的な部分は、人間の直感に沿うものであり、次の考えに共鳴する。進化の結果トンボが出現したのではなく、トンボはトンボとして始めからこの世に出現したのだ。トンボの驚くべき飛行能力を見ると、そう考えざるを得ない。人類もまた然り。
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