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思い出作り

Aさんは、妻と3人の子供と暮らしている。子供達は、男男女の順で、小学生と幼稚園児。ある日、妻の具合が悪いので、Aさんは妻を病院に連れて行った。妻は深刻な病に侵されていた。病院の先生の話や医学本からの情報を総合すると、急に死んでしまうことはないようだが、妻の余命はあと5年から10年位らしい。Aさんは、小学生と幼稚園児である子供達のことを思った。
Aさんが自分の母についてまず思い出すのは、いつもいつも内職をしている母の背中だった。そして、小学生の時に友達との遊びに夢中になり、つい帰りが遅くなって母にこっぴどく叱られたことや、学校でのテストの点数が悪くてひどく怒られたことも、思い出した。その他もろもろ、いろいろなことを思い出した。しかし、母との間で楽しいこともあったはずなのに、なぜかそれは思い出せなかった。
Aさんは、子供達の脳に、生き生きしている母親の姿、喜んでいる母親の姿、楽しそうな母親の姿、いろいろな表情の母親のそれぞれの姿、それに母親との間での数々の楽しかったことの記憶など、母親に関する溢れんばかりの記憶を残してあげたいと考えた。そうしたら、母親が死んだ後も、子供達はその記憶をより所にして何とか生き抜いてゆくことができる、とAさんは信じた。
Aさんは、子供達に母親の病気が深刻であることを伏せていた。子供達が春休み、夏休み、冬休みに入るたびに、Aさんは妻と子供達と一緒に旅行に出かけた。子供達の母親への思い出作りのために。
小学生と幼稚園児の子供達は旅行を楽しんでいた。列車の中では、子供達でカードゲームをしたり、子供達同士でふざけあったりしていた。宿泊先や観光地でも、子供達ははしゃいでいた。楽しんでいる子供達を見て、妻も旅行を楽しんでいた。Aさんは、旅行に満足していた。
何回目かの旅行の時だった。中学生になっていた次男が、宿泊先で、突然「何で連れてくんだよ。ふざけんなよ。」とAさんに食って掛かった。Aさんは、驚いた。驚きの半分は、次男がこんなにも成長していたのか、という気がしたからだ。驚きの残り半分は、説明できないAさんの気持ちからだった。Aさんは、次男に怒る気にはならなかった。反論する気にもならなかった。
それはそうだろう。中学生だった頃の自分の精神状態を考えてみて、Aさんは半分納得した。Aさんが育った家庭は貧しく、家族旅行に出かけることはなかったが、仮に中学生だった自分に家族旅行の機会があったとしても、間違いなくそれを断っていた、とAさんは思ったからだ。
きっと、次男がもっと成長して、結婚して、家庭を作って、子供ができて、そして次男がいい年になって、自分の母親のことを回想する時、次男は自分が育った家庭での旅行の意味を少し理解するのかもしれない、とAさんは思った。それでいいのだ、とAさんは思った。
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