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不確定性原理 徳川幕府と鎖国

不確定性原理をとんでも意訳すると、次の解釈もあり得る。ある系が外界と相互作用をしてエネルギーのやりとりをしている場合、その系の寿命は有限である。そして、エネルギーのやりとりが激しいほど、その系の寿命は短い。逆に、エネルギーのやりとりが少ないほど、その系の寿命は長い。
徳川幕府は、不確定性原理のこのとんでも解釈を知っていたのか?江戸時代初期、徳川幕府は日本を鎖国状態にした。江戸時代末期まで、この鎖国状態は続いた。日本が鎖国状態にある時、日本と外国との間での物や人の行き来が停止しているので、日本と外国との間でのエネルギーのやりとりも停止している。上記の不確定性原理のとんでも解釈によれば、日本と外国との間でのエネルギーのやりとりが停止しているので、日本の国家体制の寿命は限りなく長くなる。
一般論に拡大すれば、ある国において国家体制を長寿命とするには、鎖国するのが一番ということになる。
江戸時代の鎖国は完全なものではなかった。長崎などごく限られた港において、オランダなどごく限られた外国との間での貿易が認められていて、実際に貿易が行われていた。しかし、そこで行われた日本と外国との間での制限された物や人の行き来、すなわち日本と外国との間でのごく少量のエネルギーのやりとりが、少量ではあったが200年を越える長期間での積分効果により、結局は徳川幕府を終わらせることになった。江戸時代初期の徳川幕府はそこまで読んでいなかったようだ。
つまり、上記の不確定性原理のとんでも解釈によれば、不完全な鎖国のもとで行われていた外国との貿易の時間当たりの量、すなわち外国との間でやりとりしたエネルギーの時間当たりの量が、徳川幕府の寿命約260年に対応するものであった、ということになる。
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