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英語と日本語

英語と日本語は1対1に対応していない。英語で表現されたある程度複雑なものを形式的に日本語に翻訳しても、その真の意味は不完全にしか伝わらない。逆に、日本語で表現されたある程度複雑なものを形式的に英語に翻訳した場合、その真の意味は完全には伝わらないが、その不完全さは、英語から日本語の場合よりも、軽度である。
特に、科学技術分野では、日本語の持つ表現能力は、明らかに英語よりも劣る。例えば、とても複雑な立体的図形を言葉で誰かに伝えようとした場合、日本語では困難になることが多い。英語でも易しくはいかないが、その困難な度合いは日本語よりも軽度である。
一つ単語や一つの表現形式を一つの座標軸と見做したとしよう。単語の数が多いほど、また表現形式の数が多いほど、座標軸の数が増えるので、空間により細かく座標軸を張ることができる。各座標軸上に一つの点を定める。そして、隣接する座標軸上の点を直線で結ぶ。こうしてできた直線が形成する小さな平面の集まりにより、ある大きな曲面を近似させるとしよう。この場合、空間により細かく座標軸が張られているほど、近似が正確になる。小さな平面の集まりによりある大きな曲面を近似させることは、あるものを英語なり日本語なりで表現しようとすることに対応する。英語は、空間に細かく、すなわち蜜に座標軸が張られていることに相当し、上記近似の精度が高い。日本語は、空間に疎に座標軸が張られていることに相当し、上記近似の精度が低い。
日本人にとって、ある分野とはいえ、表現能力において日本語は英語より劣る、という事実を知ることは辛いと思う。でも、日本独特の分野では、逆に日本語のほうが英語よりも優れている。どうです、少し安心しましたか?
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アメリカの安全保障政策

米国から見た視点で考えてみるのもおもしろい。これまで世界の沢山の国に戦争を仕掛けてきた米国は、必然的に自国の安全保障にはとても過敏かつ神経質になっている。
したがって、核武装をしており、かつ米国を核攻撃する能力を持つ国、ただし米国の身内である英国とフランスを除いた国、すなわち中国とロシアを米国は軍事的な意味合いで第一重要国と見做している。
そのつぎに、米国を攻撃したか、もしくは米国と大戦争をした過去を持つ国、すなわち日本とドイツを米国は第二重要国と見做している。
中国は共産党独裁国家で、実質的には王朝国家に近い形態である。時間の経過とともにいずれこのような王朝国家が崩壊するのは、歴史から明らかである。米国は中国が崩壊し、そこにある核兵器が世界中に流出してしまうのを、真剣に恐れている。だから、中国崩壊の際にそこにある核兵器を米国がコントロールできるように、今米国は中国にあらゆる杭を打っているのであり、中国にできるだけ多くの米国シンパを作ろうとしている。米国が中国との経済的結びつきを強化し、そして国際社会の中で何かと中国を持ち上げているのは、このような背景があるからだ。
米国は、中国とロシアは論理の通じる国(狂わない国)であると思っている。だから、米国は、中国やロシアによる米国攻撃を、話合い(金)により回避できると考えている。
米国は、日本とドイツは論理の通じない国(狂ってしまう国)であると思っている。米国は、日本とドイツに米軍基地を構えることにより、両国が核武装をするのを防ぐとともに、両国に米国を攻撃させないことへの担保をしている。だから、米国は、もう米軍基地はいりませんから出て行ってください、と日本とドイツが言い出すのを、とても恐れている。
そこで、日本について言えば、米国は北朝鮮と中国をうまく使って、日本人に米軍基地は必要ですという気持ちを持たせ続けている。

消費税率引上と日本国財政破綻

実質的な日本政府を組織する財務省等の官僚機構が、数年内に消費税率を10%に引き上げることに執念を燃やしている。
この消費税率引上の目的は、公務員給与のための財源確保である。毎年数十兆円規模の赤字国債発行の実質的な目的も、公務員給与のための財源確保である。なにしろ、税収が70兆円しかないのに、そのうちの60兆円が実質的公務員人件費に消えてしまっているのだから。
消費税率を10%に引き上げても、消費税による税収は増えるが、消費税率引上により経済活動にブレーキがかかり、経済活動に依存する消費税以外の税収が落ち込み、結果として消費税率引上前よりも全体の税収が増えるということはない。
発行した国債が売れなくなった瞬間に、日本国財政は破綻する。国債発行残高、税収、予算編成の仕方、個人金融資産の総額などを考えると、近いうちに日本国財政は必ず破綻する。消費税率の10%への引上は、全体の税収を増やすことがないので、日本国財政破綻を防ぐ効果はない。
発行した国債が売れなくなり、日本国財政が破綻すると、予算が執行できないので、公務員への給与の支払いが停止される。そして、日本国財政破綻の後、行政機構の大幅な縮小、公務員人件費の大幅な削減、元公務員への年金支給額の大幅な削減が、強制的に実行されることになる。
公務員給与のための財源を確保する目的で消費税率を10%に引き上げても、いずれ財政破綻を起こして、強制的に公務員給与が大幅に削減されることになる。これも、神の見えざる手の働き。そしてこれは、現在の日本経済は非安定な状態にあり、財政破綻を経て日本経済が非安定状態から安定解へと移行することを意味しており、また日本経済の安定解における公務員の給与水準が、現在のものより大幅に低いことを示している。

日本経済は飽和し相転移した

日本では実質ゼロ金利状態が長らく続いている。飽和していない古典的な理想経済状況においては、金利を下げれば、景気が上昇する。逆に、金利を上げれば、景気が下降する。このように、飽和していない古典的な理想経済状況においては、金利操作により、景気をコントロールすることができると考えられている。
実質ゼロ金利状態に入る直前に、日本経済は飽和してしまった。実質的に、住宅の数は足りている。どの家にも車がある。どの家にも十分な家電製品がある。大げさに言えば、需要としては、住宅の建換え需要と車や家電製品の買換え需要があるだけだ。おまけに、日本の人口は、減少を始めた。住宅の建換え需要も車や家電製品の買換え需要も、人口の減少とともに、落ち込んでゆく。まさに、今日本経済は、右肩下がりの時代になっている。
日銀が金利を実質ゼロにしているのではなく、実体としての日本経済が金利を実質ゼロにしていると見るべきである。これ以上金利を下げることはできず、金利操作により景気を良くすることができない相に日本経済がある、ということを示している。つまり、このような相に古典的な理想相から日本経済が転移してしまっていたのである。
平均として見れば、個人が金を借りて商売を始めたり、起業したりしても、右肩下がりの経済状況においては、金を儲けることはできない。同様に、企業が金を借りて事業を拡大しても、右肩下がりの経済状況においては、利益を増やすことはできない。このようなことが人々に無意識のうちに作用して、資金需要を抑え込んでいる。したがって、日銀が市場に資金を投入しても、有効な資金需要が盛り上がることはなく、景気を良くすることはできない。
つまり、金利操作によっても、市場への資金の投入によっても、景気を良くすることができない相に日本経済がある、ということである。実体としての日本経済は、景気を良くするという方向においては、自立的にのみ動く、アウト・オブ・コントロールとなってしまった代物なのである。放っておくしかないのである。円高介入、やめておきなさい。エコポイント制度の復活、やめておきなさい。
逆に、景気を悪くするという方向に日本経済を動かすことは可能である。それは、増税することであり、金利を上げることである。ただし、金利の上げによる景気悪化の度合いは、日本経済が古典的な理想相にある時のそれと異なるはずであり、日本経済が古典的な理想相にある時のそれよりも小さい可能性が高い。

進化論と天地創造説

天地創造説によれば、神が無からこの世のものすべてをたった数日で造った、とのこと。学校や社会で進化論を叩き込まれた人は、天地創造説と聞くと、冗談でしょう、と思うことだろう。普通に考えれば、天地創造説を信じることはできない。それでは、進化論は信じるに値するものなのだろうか?
生物の例として、トンボを見てみよう。4枚の羽を自在に操って、空中静止、超低速飛行、中速飛行、高速飛行、急加速、急減速、急速方向転換、緩速方向転換、大回りの旋回、小回りの旋回、空中静止からの急発進、急停止などなど、なんでもござれ。こんなものに、大腸菌のような単細胞生物が進化してなれるのか?どんなに突然変異を繰り返しても、どんなに世代交代を重ねても無理だろう。
羽を持つ前の始祖昆虫の一匹の雌と一匹の雄がもうけた子供達がこの世で初めて羽をつけていたとしよう。子供達は羽の動かし方を知らないので、風が吹くと羽に当たる風で体が煽られるだけだ。世代交代を重ね、何度突然変異を繰り返しても、羽の動かし方を知らないので、風が吹くと羽に当たる風で体が煽られるという昆虫のままだ。世代交代を重ね幾度も突然変異を繰り返すことにより羽の動かし方を学習するのだ、と言えばもっともらしく聞こえるが、この話は論理的に飛躍していて破綻している。要するに、世代交代を重ね、何度突然変異を繰り返しても、羽の動かし方は知らないままなのであり、自分で羽を操作して、空を飛ぶことなど起こり得ない。まして、トンボのように自由自在に空を飛ぶことなどあり得ない。空を自由に飛ぶという強い欲求が無い限り、実際に空を自由に飛ぶことなどできない。この強い欲求こそが、世代を越えて、試行錯誤を繰り返すことを可能にし、ついに空を自由に飛ぶことを実現し得るのだ。そういう強い欲求が昆虫にあったとは思えない。
神が無からこの世のものすべてをたった数日で造ったという天地創造説を全面的に信じるわけにはいかないが、そこには何とも言えぬ魅力的な部分がある。その魅力的な部分は、人間の直感に沿うものであり、次の考えに共鳴する。進化の結果トンボが出現したのではなく、トンボはトンボとして始めからこの世に出現したのだ。トンボの驚くべき飛行能力を見ると、そう考えざるを得ない。人類もまた然り。

ロズウェル事件

ロズウェル事件とは、1947年に米国ニューメキシコ州ロズウェルの近くで墜落したUFOを回収した、というものである。
既に公開されているFBI秘密文書のうちロズウェル事件に関連するものとして、1947年7月8日付の文書がある。その文書には次のことが記載されている。
――第8空軍からFBIダラスに電話があり、それによれば空飛ぶ円盤と思われる物体が、当日ニューメキシコ・ロズウェルの近くで回収された、とのことである。この円盤は六角形であり、ケーブルで気球に吊るされており、また気球の直径は約20フィートだった、とのことである。発見された物体は、レーダー反射板のついた高層気象観測気球に似ていたが、しかしこの見立ては、第8空軍とライトフィールド空軍基地との電話会談では支持されなかった、とのことである。――
最近になって、ロズウェル事件に関連すると思われる別のFBI秘密文書(米国政府公式文書)が新たに公開された。具体的には、空飛ぶ円盤に関する1950年3月22日付の米国政府公式メモが、2011年4月にFBIにより公開された。そのメモには次のことが記載されている。
――空軍調査官が、3機の空飛ぶ円盤がニューメキシコで回収された、と述べた。それらの円盤は、中心部が盛り上がった円形をしており、直径が約50フィートであった。各円盤には、身長わずか3フィートの人間の形をした3人の死体(肉体)があった。各死体は、非常に目の細かい金属製の服を着ていた。高速飛行家やテストパイロットが着用するアンチブラックアウトスーツと同様の感じで、各死体は包帯巻きにされていた。通報者によれば、空飛ぶ円盤はニューメキシコで発見されたのであり、政府がそのエリアに超高出力レーダを設置していて、そのレーダが空飛ぶ円盤の制御機構に干渉したようだ、とのことだ。――
前の文書は、たんに気球に吊るされた装置が回収されたという話である。その内容は、1947年当時の空軍公式見解の内容に一致する。しかし、何故「空飛ぶ円盤」という単語をわざわざ使ったのだろう。ごく簡潔に、気球に吊るされた6角形の物体が回収された、と記載するだけでよかったはずだ。皆さんご期待の空飛ぶ円盤は実は人間が作った気球装置だったんですよ、ということを宣伝したい意図を強く感じる。この文書の不自然な文章表現には疑問が残る。
後の文書は、まさに空飛ぶ円盤が回収されたという話であり、おまけにその中に宇宙人まで乗っていたということになっている。この内容は事実なのか?冗談でこの文書を作ったのか?何故今頃になってこの文書を公開したのか?いろいろと疑問が沸いてくる。しかし、この文書における文章表現は自然なものである。この文書の内容が事実だとすると・・・。いや、考えれば考えるほど、事実のような気がしてくる。
前の文書と後の文書のうちの二者択一だとしたら、私は間違いなく後の文書を選択する。それでもまだ私は、宇宙人が操縦する空飛ぶ円盤が実在するということを、信じるに至っていない。

くず鉄拾い

昭和30年代の横浜下町。路地は大勢の子供達に占拠されている。ベーゴマ、ゴロベース、缶蹴り、石蹴り、ゴム跳び、鬼ごっこ。ワーワー、キャーキャー、路地に子供達の歓声が響いている。広場に行くと、これまた大勢の少年達が、広場の四隅でそれぞれ野球をやっている。毎日毎日、学校が終わってから日が沈むまでの間、路地や広場は大勢の子供達と少年達で溢れかえり、同じような光景が繰り返されている。
広場で使われている野球のボールをみると、どれもイボイボが磨り減ってすっかりツルツルになっている。なかには、破れや裂け目ができてしまったものもある。
どぶ川に行くと、近所のおじさん達が10人位その中に入っていて、川底を漁っている。くず鉄を拾っている。おじさん達は、拾ったくず鉄を川に面した道路脇に置いたいくつかの木箱の中に次々入れてゆく。
おじさん達の作業が終了すると、しばらくしてくず屋さんがやってくる。くず屋さんは木箱の中のくず鉄を麻袋に詰め替え、そして麻袋の中のくず鉄の重さを竿秤で計っている。計量が終わって、おじさん達はくず屋さんから代金としてのお金をもらっている。
おじさん達はそのお金を持ってスポーツ用具店に行く。そして、そのお金で野球のボールを買っている。おじさん達は広場に行き、野球をしている少年達に買ったボールをプレゼントしている。

思い出作り

Aさんは、妻と3人の子供と暮らしている。子供達は、男男女の順で、小学生と幼稚園児。ある日、妻の具合が悪いので、Aさんは妻を病院に連れて行った。妻は深刻な病に侵されていた。病院の先生の話や医学本からの情報を総合すると、急に死んでしまうことはないようだが、妻の余命はあと5年から10年位らしい。Aさんは、小学生と幼稚園児である子供達のことを思った。
Aさんが自分の母についてまず思い出すのは、いつもいつも内職をしている母の背中だった。そして、小学生の時に友達との遊びに夢中になり、つい帰りが遅くなって母にこっぴどく叱られたことや、学校でのテストの点数が悪くてひどく怒られたことも、思い出した。その他もろもろ、いろいろなことを思い出した。しかし、母との間で楽しいこともあったはずなのに、なぜかそれは思い出せなかった。
Aさんは、子供達の脳に、生き生きしている母親の姿、喜んでいる母親の姿、楽しそうな母親の姿、いろいろな表情の母親のそれぞれの姿、それに母親との間での数々の楽しかったことの記憶など、母親に関する溢れんばかりの記憶を残してあげたいと考えた。そうしたら、母親が死んだ後も、子供達はその記憶をより所にして何とか生き抜いてゆくことができる、とAさんは信じた。
Aさんは、子供達に母親の病気が深刻であることを伏せていた。子供達が春休み、夏休み、冬休みに入るたびに、Aさんは妻と子供達と一緒に旅行に出かけた。子供達の母親への思い出作りのために。
小学生と幼稚園児の子供達は旅行を楽しんでいた。列車の中では、子供達でカードゲームをしたり、子供達同士でふざけあったりしていた。宿泊先や観光地でも、子供達ははしゃいでいた。楽しんでいる子供達を見て、妻も旅行を楽しんでいた。Aさんは、旅行に満足していた。
何回目かの旅行の時だった。中学生になっていた次男が、宿泊先で、突然「何で連れてくんだよ。ふざけんなよ。」とAさんに食って掛かった。Aさんは、驚いた。驚きの半分は、次男がこんなにも成長していたのか、という気がしたからだ。驚きの残り半分は、説明できないAさんの気持ちからだった。Aさんは、次男に怒る気にはならなかった。反論する気にもならなかった。
それはそうだろう。中学生だった頃の自分の精神状態を考えてみて、Aさんは半分納得した。Aさんが育った家庭は貧しく、家族旅行に出かけることはなかったが、仮に中学生だった自分に家族旅行の機会があったとしても、間違いなくそれを断っていた、とAさんは思ったからだ。
きっと、次男がもっと成長して、結婚して、家庭を作って、子供ができて、そして次男がいい年になって、自分の母親のことを回想する時、次男は自分が育った家庭での旅行の意味を少し理解するのかもしれない、とAさんは思った。それでいいのだ、とAさんは思った。

トンボ取り

昭和30年代の夏、少年は毎日毎日トンボ取りに励んだ。朝から暗くなるまで、毎日毎日。少年が使う道具は、網と虫かご。
網は四角網と呼ばれるもので、平面構造の長方形をしていて、畳のような感じである。また、網は縦長であり、その中心線に沿って竹棒がついている。竹棒は網から下方へと垂直に突き出ている。網は竹棒の上半分に支持されている。使用者は、網から下に突き出た竹棒の下半分を両手で握ることにより、網を操作する。使用者は、網をスイングしたり、振り回したりすることができる。
虫かごは竹ひご製で、直方体の形状である。虫かごの前面に入り口があり、そして入り口を開閉する上下に動く扉がついている。
少年は、毎日虫かご一杯にトンボを取った。翌日の朝になると、家に持ち帰った虫かごの中のトンボはほとんどが死んでいた。朝少年は、虫かごから死んだトンボや死にかけたトンボを出して、それらを家の庭に捨てて、虫かごを空にし、そしてトンボ取りに出発した。毎日毎日、この繰り返し。
水辺に行くと、岸や、岸の近くの水面上にシオ(しおからトンボ)やムギ(むぎわらトンボ:しおからトンボの雌)が沢山いる。地面や草にとまっているトンボは、網を上からかぶせて取る。地面や草の上を低空で飛んでいるトンボは、網の面をトンボの飛行コースに対して垂直にして、飛んでくるトンボに向けて網を振る。そして、網がトンボに当たった後、網の面が地面と並行になるような形で、網を地面に振り下ろす。この間、トンボが網から逃げ出せない速度で、網を動かさなければならない。そうすれば、トンボは網に張り付いたまま、網と一緒に移動する。最終的にトンボは、網と地面の間に挟まれてしまう。こうしてトンボを確保する。岸の近くの水面上を低空で飛んでいるトンボは、網の面をトンボの飛行コースに対して垂直になるように岸から網を突き出して、飛んでくるトンボに向けて網を振る。そして、網がトンボに当たった後、水面上から岸へと網を振り回しながら、網の面が地面と並行になるような形で、網を地面に振り下ろす。こうしてトンボを確保する。
少年の網の操作はとても上手。昼間、少年は水辺でシオやムギを沢山取る。多くのシオやムギは岸の地面や草にとまっていたり、岸や、岸の近くの水面上を低空で飛行しているので、少年は簡単にそれらを捕まえる。時々少年はシオやムギのトンツも取る。トンツとは、シオとムギが一箇所でつながり、2匹が縦になったもの、あるいはシオとムギが二箇所でつながり、2匹が輪になったものを意味する。
一通りシオやムギを取って虫かごに入れると、少年は休憩しながら、岸からかなり離れた水面上に目をやる。そこには、ギン(ギンヤンマ)が悠然と飛行している。少年の目がギンを追う。ギンの体から発せられる鋭く美しいブルーとグリーンの光線に少年は圧倒される。ギンは、少年の手が届かない水面上を、右に左に自由に飛び続ける。今日は絶対に勝つぞ、と少年は呟く。
日が傾くと、少年は水辺をあとにする。そして、少年は網の竹棒を肩で担ぎ、虫かごを首からぶら下げながら戦場へと向かう。そこは、草で覆われた開けた場所。戦場に着くと、少年は草の上に腰を下ろし、上空をじっと見つめる。しばらくすると、薄暗くなった上空遥か高くを大型のトンボが高速で一直線にかけ抜ける。数分後にもう一匹。飛行方向は、前のものと同じ。さらにもう一匹。数分間隔で、次から次へと大型のトンボが上空を横切ってゆく。飛行方向はすべて同じ。
少年はおもむろに腰を上げる。そして、足場のよい所へ移動して、そこで低い姿勢をとり、両手でしっかりと網を構える。少年は、トンボの飛行方向に正面を向けている。少年は正面をじっと見つめている。少年はひたすら待ち続ける。突然、低空で少年の方向に高速で飛んでくるターゲットが、少年の目に映る。少年の体を興奮と緊張感が突き抜ける。少年は、ターゲットの飛行コース上の位置へと、素早く横に移動する。そこで少年は、網の棒をギュット握り直し、そして網を構えながら、ターゲットとのタイミングを計る。少年の脳内に「行け」という声が響いた瞬間、少年はターゲット目掛けて網を振り抜く。ザッというターゲットと網との接触音が少年の耳に届く。少年は滑らかな動きで網を地面に降ろす。網と地面との間に挟まれたターゲットが、ガサガサガサという音を出しながら暴れている。少年はターゲットを手に取る。間違いなくギンだ。充実感が少年の体に湧き出る。溢れんばかりに湧き出る。少年は、なおも暴れるギンを虫かごに入れ、フーッと息を吐き、そして勝ったと呟く。
少年の一日のトンボ取りは、夕暮れ時のギンとの戦いというクライマックスで終わる。ギンとの戦いは負ける日がほとんどだが、たまにこうして勝つ日もある。少年はギンとの戦いにすべてをかけている。

女にとって会話は最優先事項

女は仕事をしている時、問いかけが耳に入ると、割り込み処理により脳の動作が仕事モードから会話モードにただちに移る。この問いかけ信号に応答する割り込み処理は、女の場合、常にオンになっていて、決してオフになることはない。したがって女がどんなに仕事に集中していても、問いかけが自分の耳に入ると、脳の動作が仕事モードから会話モードにただちに切り換わる。
そして脳の動作が会話モードに移った女は、問いかけをした人と会話を始める。仕事を中断されたことに、女は一切怒らない。むしろ女は、話しかけてくれたことを嬉しく思い、会話を楽しむ。女にとって会話は最優先事項。だから女の場合、問いかけ信号に応答する割り込み処理が仕事への集中の程度に拘わらず常にオンになっていて、仕事中であっても常時会話を受け入れることが可能な準備状態にある。
女のこの部分について、女は男も同じであると思っている。女のこの部分について、男が違っていることを女は理解できない。だから女は、仕事に集中している男に自分の都合で平気で話しかける。そして女は、返事がないことにむくれ、自分が無視されたと勘違いして、男に怒る。
男の場合、問いかけ信号に応答する割り込み処理がオフになることがある。例えば男が仕事に集中すると、この割り込み処理がオフになる。このような状態では、問いかけが耳に入っても、それに応答することはなく、脳の動作は仕事モードを維持する。だから、仕事に集中している男は、悪気があって問いかけに応答しない、というわけではない。あなたは男のこの事情を理解すべきだ。仕事に集中している男がいたら、たとえその男があなたの彼氏やセックスフレンドであったとしても、あなたはその男に話しかけてはいけない。どんなに話したいことがあっても、その男を放っておきなさい。

女はトイレットペーパーとティッシュペーパーが命

女にとって、トイレットペーパーとティッシュペーパーは命と同じくらい大切。とにかく、女はトイレットペーパーとティッシュペーパーが大好きであり、またそれら無しには生きて行けない。トイレットペーパーとティッシュペーパーを取り上げられたら、女はパニックに陥り、半狂乱になる。
1970年台に起こったオイルショック。石油が入手困難になるというサインに、女の脳は敏感に反応した。そのサインは、女の脳内で、命と同じくらい大切なトイレットペーパーがなくなる、という信号にただちに変換された。女達は、一斉に行動を起こした。女達は、トイレットペーパーを売っているありとあらゆる店に押しかけ、命と同じくらい大切なトイレットペーパーを一つ残らず買いあさった。市場からトイレットペーパーがあっという間に消えてしまった。トイレットペーパーを手に入れることができなかったのろまな女達は、ヒステリーを起こし、発狂していった。何のことは無い。オイルショックとは、女達によって引き起こされた市場からトイレットペーパーが消える現象と、トイレットペーパーを手に入れることができなかったのろまな女達が起こした集団ヒステリーに過ぎなかったのだ。
3.11の大震災の時にも、オイルショックの時と同様の現象が起きた。あっという間に市場からトイレットペーパーとティッシュペーパーが消え去ったのだ。これで明らかになった。危機が起こると、女達の脳はその危機に瞬時に反応して、命と同じくらい大切なトイレットペーパーとティッシュペーパーを買いあさるという衝動に女達を駆り立てるのだ。この結果、瞬間的に市場からトイレットペーパーとティッシュペーパーが消えてなくなる。そして、これらを手に入れることができないのろまな女達が騒ぎ立て、さらに危機を煽るのだ。こうなると危機は完全に制御不能になる。
上記の事実を教訓にして、今後の国の危機対策においては、その一環として、トイレットペーパーとティッシュペーパーを備蓄しておくことだ。危機が起こったら、備蓄しているトイレットペーパーとティッシュペーパーをただちに市場に放出することだ。そうすれば、危機をある程度クールダウンさせることができる。
話は変わるが、意識の薄れた女は、延々とティッシュペーパーをいじることがある。トイレットペーパーとティッシュペーパーが命と同じくらい大切であることが女の脳に刻まれていて、それが表れたということか。
会社での人間関係や仕事から受けるストレスで不眠気味になっているOLのあなたは、枕元にトイレットペーパーとティッシュペーパーを置くとよい。それらが、あなたの心を穏やかにしてくれ、あなたを安らかな眠りへと導いてくれる。

人生は辛いことや悪いことの連続

人が生きていると、辛いことや悪いことが次々と起こる。楽しいことや良いことはほとんど起きない。割合としては、10のうち9が辛いことや悪いことで、1が楽しいことや良いこと。いやもっと厳しくて、100のうち99が辛いことや悪いことで、わずか1が楽しいことや良いこと。そんな程度。
こんな状況の中でも、人は何とか生きて行く。ある意味、人はたくましい。さてさてそうは言っても、人には辛さが溜りに溜まって、八方塞の感覚に襲われ、どうしようもなくなる時がある。
朝鮮戦争で北側の捕虜になった米兵がいた。彼は、長い間、監獄に閉じ込められた。彼は収監されて間もなく、将棋のようなゲームを考え出した。そして、監獄の壁にゲームの盤を描いた。彼は壁に向かって、ゲームの対戦相手を交互に演じ、一人二役でゲームを行った。彼は、来る日も来る日も壁に向かってゲームに没頭し、ゲームにおける腕を上げていった。彼は、獄中生活の目標を、ゲームにおける腕を上げることに設定した。そして彼は、来る日も来る日も壁に向かってゲームに没頭し、ゲームにおける腕を上げることに集中した。
長い間の獄中生活を経て、彼は解放され、米国に戻った。米国に戻った彼は、監獄生活について、辛いことが沢山あったが、楽しいこともあった、と述べた。楽しいこととは、ゲームのことであった。
辛さが溜りに溜まって、八方塞の感覚に襲われ、どうしようもなくなっているあなたは、上記例のゲームに相当するものを見つけ、あなたの人生の一部分で密かにそれに嵌るのがよいかもしれない。ゲームに相当するものとは、セックス、異性交遊、あるいは趣味かもしれない。

物の流れと金の流れ

普通、物が流れれば、それとは逆方向に金が流れる。
世界を見ると、工業製品が中国や日本などから米国や他の国々に流れ、農産物が米国などから日本や他の国々に流れている。また石油などの資源が中東などから米国、日本、中国や他の国々に流れている。
一方工業製品の代金としての金が、米国や他の国々から中国や日本などに流れている。また農産物の代金としての金が、日本や他の国々から米国などに流れている。さらに資源の代金としての金が、米国、日本、中国や他の国々から中東などに流れている。
このような世界における物と金の流れにおいて、不思議なことに、工業製品を輸出している中国や日本に金がたまり、工業製品を輸入し、農産物を輸出している米国がその分赤字を膨らませる構図になっている。
金のことを無視し、物の流れだけから見ると、世界の国々は物を融通し合って、お互いに満足した状態にある。金のことを無視し続ければ、世界の国々を満足させる物の流れは持続可能である。それでいいではないか。物の流れだけから見たこの満足し得る状態において、中国や日本に金がたまり、米国の赤字が膨らむのであれば、それは物の価格設定がずれているからである。現在は、工業製品の価格が高すぎるのであり、農産物の価格が低すぎるのである。工業製品の価格を下げ、農産物の価格を上げれば、中国や日本の金だまりと米国の赤字が同時に解消する。こうすれば、物の流れと金の流れの双方の面において、世界の国々が満足する状態になる。
要するに、中国や日本に金がたまり、米国の赤字が膨らむのは、物の価格設定がずれているからである。中国や日本の金だまりと米国の赤字が行き過ぎると、見えざる神の手が物の価格設定を変更するように働き、それらを解消することになる。
資産運用や投資をしている人は、この点に留意すると良いかも知れない。すなわち、今後は、農産物と資源の価格は上昇するのであり、工業製品の価格は下がるのである。

官僚はずうーっと駄目

「最近、官僚が劣化した」という言葉をよく耳にする。この言葉は、ちょっと前までは、官僚はいい仕事をし続けた、ということを前提にしている。この前提となっている官僚の評価に対する認識は、誤りである。太平洋戦争が終わってから現在に至るまで、官僚はずうーっと駄目である。
熊本水俣病への対応、新潟水俣病への対応、アスベスト問題、国民年金問題、対米輸出自主規制を含む日米自動車交渉、プラザ合意、医師不足問題、諫早湾水門問題、国と地方を合わせた借金1000兆円。これらについての官僚の成績は、いずれも不合格点である。
さらに、例として電波行政を見てみよう。首都圏のFM放送に関しては、1970年4月にFM東京が開局した。これで、NHK・FMと合わせて2放送局になった。首都圏の第3のFM放送局としてFM横浜が開局したのは、それからなんと15年後の1985年12月であった。この15年はまさに失われた15年であった。丁度団塊の世代が若者であった時代であり、彼らの多くは熱心な音楽ファンでありオーディオ・ファンであった。しかし、高音質のFM放送局が2つしかなく、彼らはFM放送からは十分な音楽コンテンツを聴くことができなかった。2局しかないFM放送周波数帯は、がらがらに空いていた。FM放送局を開設したいという事業者や個人が沢山いた。混信を起こさない範囲で、さっさと新しいFM放送局の開設を許可していたら、失われた15年は存在しなかったはずだ。失われた15年がもたらした損失は、大きい。まず、十分な音楽コンテンツを聴くという人間としての楽しみをリスナーから奪った。それに、失われた15年がなければ、オーディオ機器がもっと売れていたはずだ。メーカーもオーディオ機器をもっと進歩させていたはずだ。
つぎに、つい先日行われた地上アナログテレビ放送から地上デジタルテレビ放送への移行だ。周波数オークションをする絶好の機会だったのに、それをしなかった。周波数オークションをすれば、首都圏のキー5放送局は、年間1放送局当たり少なくとも100億円は出すはずだ。その他の中小放送局の分を計算に入れ、またテレビ放送局を開設したいと希望する事業者や個人にさっさと免許をあげて、周波数を買い取らせれば、首都圏だけで少なくとも年間1000億円になる。全国では、少なくとも年間3000億円になる。大震災復興財源の柱に成り得る金額だ。
また、HF帯の電波を電灯線に乗せてパソコン用のデジタル通信を行うPLCがある。このPLCについては、行政は業界とつるみ、御用学者を動員して、既存のHF帯使用者に混信を与えないとする嘘データを発表させて、PLCを押し進めた。この構図は、破綻した原子力行政と瓜二つ。今PLCにより、HF帯が雑音の海になるか否かの瀬戸際に立たされている。
上で説明したことから明らかなように、官僚はずうーっと駄目である。それでも日本が今日の経済状態にあるのは、民間がとても優秀であり、すごく頑張ったことに尽きる。
官僚のやった仕事で悪い意味でお手並みが見事だったのは、公務員の給与、退職金、および年金に関することである。いつの間にか、公務員の給与は民間のそれの2倍以上になっており、退職金と年金にいたっては公務員と民間とは天と地ほどの差になっている。このことついて、官僚はまったく抜け目なかった。

ニュートンのバケツと核子のスピン

ニュートンによれば、水を入れたバケツが回転していると、遠心力で水が外側に押し出され、バケツ内の水面がバケツの中心では凹み、外周部では盛り上がる。バケツが回転していないと、バケツ内の水面は平である。だからバケツが回転しているか否かは、バケツ内の水面を見れば分かる。宇宙にバケツしか存在していない時も、このことは変わらない。
ところがマッハが、バケツが静止している一方でバケツの外側の全宇宙がバケツを中心に回転している場合も、ニュートンが言うバケツが回転している場合と同様にバケツ内の水面に凹凸が生じると主張した。マッハの概念によれば、バケツしか存在しない宇宙を考えることはまったく意味のないことである。
どうやらマッハの考えの方が正しいようだ。マッハの概念によれば、物の回転は物の外側の全宇宙に関連する。
素粒子のスピンは、素粒子の自転(回転)に基づくとされている。流行の理論(量子色力学)によれば、核子は複数のクォークとグルーオンから構成されている。そして、クォークには内部構造が無い、とされている。つまり、クォークは分解できない究極の粒子というわけである。核子にはスピンがある。クォークにもスピンがある。実験で、核子のスピンがクォークのスピンによってのみ形成されることが否定されてしまった。そこでグルーオンのスピンが核子のスピンに大きく寄与しているという考えが提出されたが、この考えも実験で否定される方向にある。要するに、上記の流行理論は、核子スピンの問題で、破綻が明らかになった。
そもそも核子は、複数のクォークとグルーオンから構成されている、といったそんな単純なものではない。上述のように、実験結果は上記の流行理論(量子色力学)が破綻していることを示している。それにクォークにも、内部構造がある。ただそれを確かめる実験装置やそれを示す宇宙線を、人類がまだ手にしていないだけだ。
物の回転は物の外側の全宇宙に関連するというマッハの概念を、再認識しなければならない。素粒子の自転(回転)に「スピン」という名前を付けるだけで、素粒子の自転(回転)についての思考を停止していいはずはない。素粒子の自転(回転)について正面からその謎解きを推し進めることが、核子を捕らえる新たな理論への道につながる。
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