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ヒッグス粒子は存在しない

素粒子の標準モデルの基礎を成すゲージ場理論は、すべての素粒子の質量が厳密にゼロであることを強要する。ところが実際には、光子以外の素粒子は質量を持つ。
この矛盾を解消するために、架空の新たな粒子、すなわちヒッグス粒子が持ち出された。真空はヒッグス粒子で満たされ、真空にはヒッグス場が形成されている、ということになっている。そして素粒子の運動はヒッグス場においては制限され、その制限が素粒子に質量を持たせる、ということになっている。
これはおかしい。実験結果と合わない理論の欠陥を、つぎはぎで補修するかのように、架空の新たな粒子を持ち出して取り除こうとしている。質量は素粒子にとって本質的に重要だ。それは質量が素粒子の持つエネルギーそのものと言って良い位だからだ。本質的に重要な素粒子の質量に関して実験結果と合わない理論を話の基礎にしてはいけない。素粒子の質量の代わりに架空の新たな粒子を持ち出しても、それは謎の先送りにしかならない。実験結果と合わない理論をつぎはぎして無理やり実験結果に合わせるようにしても、知らないうちに別な点で矛盾が生じ、それが拡大して、結果的には滅茶苦茶などうしようもないものになるのである。素粒子がヒッグス場から受ける質量を生むとされる作用は、ミクロの世界で起こる。一方、地球の質量と太陽の質量との間には引力が働いている。ミクロの世界で生じた質量が、このようなマクロの世界における複数の星の間に働く引力と調和することはない。
本質的に重要な素粒子の質量に関して実験結果と合わない理論の欠陥を補修するために便宜的に持ち出された架空のヒッグス粒子が、実在するはずはない。
CERNの巨大加速器を使って、ヒッグス粒子を捕らえる実験が行われている。ヒッグス粒子は存在しないのだから、そもそも実験でそれを捕らえることなどあり得ない。
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台風と量子化

地球洋上においては、赤道付近の熱い領域から、それよりも北の冷たい領域へ熱エネルギー(運動エネルギー)が散逸してゆく。場所によらず、しかも一定の率で、熱エネルギーが移動してゆけば、台風やハリケーンは発生しない。
ところが、赤道付近の熱い領域において、熱エネルギーの移動に関するほんの些細な場所的な不均一や時間的な非定率が所定の初期条件の範疇に入ると、この熱エネルギーの散逸に量子化が起こる。量子化が起こると、熱エネルギーが局所的な渦巻の塊を形成し、この渦巻塊の北方への移動とともに、熱エネルギーが散逸してゆくことになる。この局所的な熱エネルギーの渦巻塊が、台風やハリケーンである。
一つの渦巻塊における熱エネルギーの総量、すなわち一個の台風やハリケーンの強度は、台風やハリケーンの発生領域と熱エネルギーの散逸先である領域との温度差に依存する。台風やハリケーンの発生頻度は、赤道付近の熱い領域の気象条件が、所定の初期条件の範疇に入る熱エネルギーの移動に関する場所的な不均一や時間的な非定率をどの程度起こしやすいかに依る。
要するに、地球洋上における熱エネルギーの流れという場が量子化され、台風やハリケーンが出現するのである。

日本は景気が良い

昭和30年台初期の横浜下町、自家用車を持っている家は少なかった。路地裏に車が入ってくることも殆どなかった。表通りには、ある程度車が走っていたが、その数は決して多くはなかった。
今はどうだろう。殆どの家に車がある。しかもそれらの車はピカピカ。2台、3台と車を持っている家も珍しくない。路地裏にもしょっちゅう車が入ってくる。表通りには、沢山の車がひっきりなしに走っている。朝夕のラッシュ時になると、表通りは、車で渋滞している。
殆どの家では、繰り返し数年以内に車を買い換えている。街を走る車の中に、ポンコツを見つけることが難しい。
明らかに、車に関して日本は約10年前から既に飽和している。そんな状況下で、買い換えのために、日本では毎年確実に十分な数の車が売れている。
国の経済を一年間に国で生産された物の総金額と定義し、生産された物の代表である車だけから考えてみると、日本経済は飽和しているけれども、それなりに日本の景気は良いと言わざるを得ない。
日本の景気が悪いと感じる人が多いのであれば、それは企業や個人事業者が稼いだ金の流れ方が、日本の景気が悪いと感じる人を多くする態様になっている、ということだ。
公務員に民間の2倍以上の年収を与え続けても、公務員は既に家も車も持っているので、公務員の貯金が増え続けるだけだ。このような金の流れ方は、日本の景気が悪いと感じる人を多くする。公務員の人件費を半分に抑え、浮いた分を民間に流す、あるいは浮いた分の一部で仕事を作り、失業者にその仕事を振り分ける。このような金の流れ方の変更は、日本の景気が悪いと感じる人の数を減らす。また、減税をして金の流れ方を変えれば、日本の景気が悪いと感じる人の数が減る。
バスのワンマン運行を止め、昔のようにバスへの車掌の搭乗を義務化したとする。これによる金の流れ方の変更は、人々の間にまんべんなく金を流す方向のものであり、基本的には日本の景気が悪いと感じる人の数を減らす。このように金を受ける側での使用者を多くするという経済的な非効率化による金の流れ方の変更は、基本的には日本の景気が悪いと感じる人の数を減らす。このことは重要である。日本の景気が悪いと感じる人の数を減らすという点において、金を受ける側での経済的な非効率化は経済的な効率化に優るのである。
要するに、企業や個人事業者における生産性の向上は国際競争の面からも大切である一方、企業や個人事業者から流れ出る金を受ける側を経済的には非効率にすることが国の経済や景気にとっては良いことなのである。

最高裁 賃貸住宅更新料有効判断

ごく普通の場合、東京で部屋を借りる時には、借主は家賃とは別に家賃の2ヶ月分を礼金として貸主に払わなければならない。さらに、借主は2年ごとに家賃とは別に契約更新料として家賃の1ヶ月分を貸主に払わなければならない。
この礼金とこの契約更新料は意味不明であり、これらを貸主が借主に請求する公正かつ合理的な根拠、ならびにこれらを借主が貸主に払わなければならない公正かつ合理的な理由は、まったく存在しない。
礼金は、部屋を借りる必要のある人の、部屋を借りなければならないというどうしようもない人間的な事情に貸主が付け込んで、その人から貸主が事実上無理やり脅し取っているのが実情。
契約更新料は、2年以内に借主を部屋から追い出すツール。要するに、2年以内に借主を新たな借主に交代させ、これを繰り返すことにより部屋の賃貸回転率を上げ、礼金でより儲けようとする貸主のための悪行奨励ツール。礼金と契約更新料の組合せという巧妙な仕掛けが、貸主のための収奪銭倍増システムとして機能するようになっている。また、契約更新料を払った後しばらくの間は、払った契約更新料が勿体無くて借主は部屋に住み続けようとする、そういう借主の人間らしい哀しい気持ちを、部屋が空室となるリスクの回避という単なる損得勘定に貸主がずうずうしく利用しているという側面もある。
契約更新料を有効とする判断は、明らかに公正ではなく、しかも合理性も欠いており、完全な誤り。契約更新料を有効とする判断の根拠は、屁理屈以外の何ものでもない。
今回の判断をくだした裁判官は、次の3項目に賛成できないのであれば、ただちに辞職すべきである。
1. 公務員等の官舎の家賃を、近隣の同等民間賃貸物件の賃料と同じにすること。
2. 公務員等の官舎への入居人は、入居時に家賃とは別に家賃の2ヶ月分を礼金として払うこと。
3. 公務員等の官舎に継続的に入居する人は、2年ごとに家賃とは別に家賃の1ヶ月分を払うこと。

女子サッカー・ワールドカップ・ドイツ大会 決勝戦

アメリカ代表と日本代表との間の実力差は、歴然としている。10回戦ったとして、日本代表はアメリカ代表に1回も勝つことはできないだろう。ただし、10回戦ったとして日本代表はアメリカ代表に1回か2回は引き分けに持ち込むことができる、そういう実力差だろう。
決勝戦において日本代表は、アメリカ代表との間の実力差を踏まえて上で、引き分けに持ち込む作戦を全力を尽くして完璧にこなした。その作戦の第1は、組織的な守備を徹底して粘り強く行うことである。日本代表は、試合中これを完璧にやり通した。その作戦の第2は、数少ないチャンスをゴールに結び付けるということである。日本代表は、試合中にこれも成功させた。そして、日本代表はアメリカ代表との戦いを引き分けに持ち込み、PK戦でアメリカ代表を降した。
決勝戦の中身をよく見ると、引き分けをそんな表面的なことで説明はできない。日本代表に3つの奇跡が起こって、引き分けという結果になったことがわかる。明らかに天が日本代表を力強く後押ししていたのだ。天が引き分けを演じさせたのだ。
決勝戦におけるアメリカ代表の先制点は、まさに日本代表との間の実力差が生んだものであった。先制点を決めたアメリカ代表選手の技術、スピード、パワーは、実力差そのもの。彼女に付いていた日本代表ディフェンダーを責めることはまったく出来ない。90分間アメリカ代表と戦えば、必ず喰らう失点の典型であった。避けることのできない失点であった。
日本代表の同点ゴールを決めたのは、宮間だった。ゴール前で丸山ともつれながら第1のアメリカ代表ディフェンダーがゴール前の他のサイドに居た第2のアメリカ代表ディフェンダーにパスをし、それを受けた第2のアメリカ代表ディフェンダーが前方にパスをしたが、このパスを走りこんできた宮間が太ももでカットし、ボールを前に落とし、そしてボールをゴールに蹴り込んだ。
右サイドで日本代表がボールを奪った瞬間から、ハーフライン付近の左サイドから猛烈な勢いで宮間がゴール前中央に突進した。第1のアメリカ代表ディフェンダーの目線は丸山と第2のアメリカ代表ディフェンダーに固定されていて、第1のアメリカ代表ディフェンダーの視界にはゴール前中央に突進する宮間の姿は無かった。もし第1のアメリカ代表ディフェンダーの視界に、第2のアメリカ代表ディフェンダーの背後から迫る宮間の姿があれば、第1のアメリカ代表ディフェンダーは第2のアメリカ代表ディフェンダーにパスを出さず、ボールをゴールラインに向かって蹴り出していただろう。第2のアメリカ代表ディフェンダーの目線はもつれる丸山と第1のアメリカ代表ディフェンダーに固定されていて、第2のアメリカ代表ディフェンダーの視界にも背後から迫る宮間の姿は無かった。もし第2のアメリカ代表ディフェンダーの視界に、突進してくる宮間の姿があれば、第2のアメリカ代表ディフェンダーは第1のアメリカ代表ディフェンダーから受けたボールをタッチラインかゴールラインに向かって蹴り出していただろう。ハーフライン付近からゴール前中央への宮間の猛烈な突進が、奇跡を生んだ。第1のアメリカ代表ディフェンダーの視界にも、第2のアメリカ代表ディフェンダーの視界にも、突進してくる宮間の姿が無かった、という奇跡。
延長戦に入ってのアメリカ代表のゴールは、実力通りの見事なものだった。日本代表を押し込んで、日本代表に圧力をかけ続け、ゴール前にボールを放り込めば、早晩必ずゴールを割る。これがアメリカ代表の実力だ。日本代表にとっては、防ぎきれない、やむを得ない失点だった。
延長戦での日本代表の同点ゴールを決めたのは、沢だった。アメリカ代表ディフェンダーともつれながらも、コーナーキックを足の先端で合わせたすばらしいゴールだった。コーナーキックに対してゴール前ニアサイドに高速で走り込んで相手ディフェンダーよりも早く足や頭でボールに触り、ボールの角度を僅かに変えて、ボールをゴールに流し込む。沢の得意技とは言え、ボールと出会う場所から見えるゴールの角度はほとんどなく、しかも高速で走りながら、背後から相手ディフェンダーのプレッシャーを受けながら正確にボールの角度を変えるのであり、おまけに触ったボールとゴールとの間には相手ゴールキーパーと相手ディフェンダーがいるのであって、10回のコーナーキックに対して1回ゴールするのも難しいだろう。沢のゴールも奇跡。
宮間のゴールと沢のゴールだけで、日本代表が引き分けに持ち込めたわけではなかった。ジグソーパズルの最後のピースを残された空間にはめ込むように、もう一つの奇跡が、延長戦大詰めに、日本代表に起こった。
それは延長戦終了が近づいてきた時だった。ハーフライン付近からの日本ゴール前中央へのアメリカ代表の正確な縦パスに、ターゲットであるアメリカ代表フォワードは素早く反応し、高速で走り抜け、日本代表ディフェンダーを振り切った。そのアメリカ代表フォワードがボールに対するトラップ動作を始めようとした瞬間、カバーに入った岩清水がスライディングし身を挺してアメリカ代表フォワードを下半身からつぶしたのである。つぶしていなければ、ゴールキーパーと一対一の形になり、確実に失点していたはずだ。日本代表ディフェンダーを振り切ってからアメリカ代表フォワードがボールに追いつくまでは、まさに瞬間的な出来事だった。おそらく岩清水は、抜け出したアメリカ代表フォワードがボールを触ることの危険を本能的に察知し、反射的に身を投げ出してアメリカ代表フォワードをつぶしたのだろう。一発退場のファールだった。まさに神風特攻。アメリカ代表フォワードが走っているコースの角度、アメリカ代表フォワードの走る速度、岩清水が走っているコースの角度、および岩清水の走る速度との関係から、岩清水がアメリカ代表フォワードに接触できるのは、空間においても時間においてもある1点のみ。まさにこの空間および時間の1点ドンピシャで岩清水が身を投げ出したから、岩清水はアメリカ代表フォワードをつぶすのに成功した。この空間および時間の1点を僅かにでも外していたら、アメリカ代表フォワードをつぶすことはできなかった。また岩清水に、身を投げ出す場所がペナルティエリアの外か内かを考えている余裕は無かったはずだ。本能的に危険を察知し、反射的に身を投げ出したのだ。身を投げ出した場所は、ペナルティエリアの僅かに外側。岩清水のこの神風特攻プレーも奇跡。
引き分けになった時点で、アメリカ代表は敗れていた。天の力に守られた日本代表を打ち負かすだけの力は、PK戦を前にして、アメリカ代表には残っていなかった。

失われた10年

失われた10年は、100兆円台相当のバブル処理をソフトランディング形式で行ったので、10年かかったということである。バブル処理をハードランディング形式で行っていたとしたら、失われた3年程度ですんでいたはずだ。毎年の処理金額掛ける処理年数(積分処理金額)は、必ず処理すべき総金額に等しくなる。処理すべき総金額は、バブル崩壊直前のバブルの大きさで決まり、100兆円台のある定められた値、すなわち固定値である。
ソフトランディング処理の場合、毎年の処理金額は少ないが、処理にかかる年数は長くなってしまう。逆に、ハードランディング処理の場合、毎年の処理金額は多いいが、処理にかかる年数は短くてすむ。どちらの場合も、毎年の処理金額掛ける処理年数(積分処理金額)は、固定値である処理すべき総金額に等しい。
日本政府の経済政策が悪くて、失われた10年が起こったのではない。バブル処理をソフトランディング形式で行ったことの必然的結果が、失われた10年なのである。バブル処理をソフトランディング形式で行ったことにより、毎年の処理金額を低く抑えることができ、処理が与える日本経済への年ごとの悪影響を薄めることができたのである。しかし、処理が終わるまでの期間は、長くなってしまった。バブル処理をハードランディング形式で行っていたとしたら、処理が終わるまでの間、毎年凄まじい嵐が日本経済を襲っていたことだろう。ただし、処理が終わるまでの期間は、ソフトランディング処理のそれに比べて、ずっと短くてすんでいたことだろう。
バブル処理をソフトランディング形式で行うか、あるいはハードランディング形式で行うかの選択は、良し悪しの問題ではない。政策としては、どちらを選択しても構わないのである。一方が良くて、他方が悪いということはない。どちらにも良い点と悪い点がある。一方の良い点と他方の良い点は、比較する意味がないものである。同様に、一方の悪い点と他方の悪い点も、比較する意味がないものである。

愚痴を言い続ける女性

ほぼ生きている間、愚痴を言い続ける女性がいる。このような女性の愚痴人生は、次のよなものである。中学生や高校生の時には、同級の友人に延々と愚痴を言い、聞いてもらい続ける。社会人になると職場の同僚に延々と愚痴を言い、聞いてもらい続ける。恋人ができると、恋人に延々と愚痴を言い、聞いてもらい続ける。結婚すると、夫に延々と愚痴を言い、聞いてもらい続けようとする。しかし夫は、ある時期になると愚痴聞きから逃げ出すようになる。すると、近所の主婦友に愚痴を言い、聞いてもらい続ける。子供ができ、その子供が成長すると、子供にも愚痴を言い、聞いてもらい続ける。子供が大きくなり、家から出て行ってしまうと、夫に愚痴を聞いてもらおうとするが、夫に上手に拒否される。仕方ないので、近所のババ友に愚痴を言い、聞いてもらい続ける。近所のババ友が死ぬと、老人会や老人施設に出かけて行って、そこにいるババア連中に愚痴を言い、聞いてもらう。バスや電車の中でも、隣合わせたババアに愚痴を言い、聞いてもらう。そうやって、命が尽きるまで、愚痴を誰かに言い、聞いてもらい続ける。
そもそも、性的欲求不満が愚痴を言わせる。あなたがOLならば、職場で愚痴を言わないほうがいい。20歳台のOLが言う愚痴は職場で許されるかもしれないが、30歳台のOLが言う愚痴は職場で許されないし、30歳台のOLが愚痴を言うこと自体みっともない。
さてさて30歳台の愚痴っぽいOLであるあなたは、まずセフレを作りなさい。セフレに愚痴を言い、聞いてもらいなさい。そうすれば、職場で愚痴を言わなくても何とかすむようになります。そして、あら不思議なことに、セフレにより性的欲求が十分に満たされ始めると、あなたはセフレにも愚痴を言わなくなります。そんなあなたの変化は、職場におけるあなたの態度にも好影響を与え、職場でのあなたの評価や好感度が確実にアップします。セフレは、まさに一石二鳥の恵みをあなたにプレゼントしてくれます。さあ、セフレを作りましょう。

未来予知と科学

未来を積極的かつ意識的に予知しようとしても、それはかなわない。しかしごく稀に、意識がぼんやりしている時や夢の中で偶然未来を予知してしまうことがある。科学は、未来予知については、否定的である。
科学によれば、ある系が状態1にある時、そこから遷移可能な状態が複数2A、2B、2Cある場合、系が状態1から次に状態2A、2B、2Cのうちどの状態に遷移するかを予知することは不可能である。状態1から状態2Aへの遷移、状態1から状態2Bへの遷移、および状態1から状態2Cへの遷移は、いずれも確率的にしか決まらない。
もし、この世から見た状態1が、あの世から見ると状態1A、1B、1Cが重なったものであるとしたらどうだろう。そして、系が状態1Aから遷移するとしたら状態2Aにしか行かず、状態1Bから遷移するとしたら状態2Bにしか行かず、状態1Cから遷移するとしたら状態2Cにしか行かないとしたらどうだろう。この場合、この世から系が状態1にあると見えるものが、あの世から見て系が状態1Aにあると分かる時、予知は簡単である。次には必ず状態2Aに遷移する。あの世から見て系が状態1Bにあると分かる時も同じ。次には必ず状態2Bに遷移する。あの世から見て系が状態1Cにあると分かる時も同じ。次には必ず状態2Cに遷移する。つまり、あの世からは未来が手に取るように予知できる。
あの世から見ると状態1A、1B、1Cと識別できるものが、なぜこの世から見るとすべて状態1に見えてしまうのだろうか。(X、Y)座標で、点(0、0)と点(1、0)を結ぶ直線1、点(0、0)と点(1、1)を結ぶ直線1A、点(0、0)と点(1、2)を結ぶ直線1B、および点(0、0)と点(1、3)を結ぶ直線1Cがあるとする。この場合明らかに直線1A、1B、1Cは異なるのであるが、Y軸の上の方からまっすぐ下を見ると、直線1A、1B、1Cがすべて直線1に重なって見える。このような関係が、この世とあの世との間にあるということだ。あの世は、この世を含むとても広い世界。この世を拡張したものが、あの世。
だから、魂が夢の中であの世に行った時や意識がぼんやりして魂があの世に行った時に、未来を予知してしまうのである。

ブラックホールは実在しない

ブラックホールとは、きわめて高密度で大質量で、きわめて強い重力のために、物質だけでなく光さえも脱出できない天体のことである。また、ブラックホールは、そこに向かうすべての物質や光を呑み込むとされている。要するに、物質や光などのエネルギーはブラックホールに入ることはできるが、そこから出ることはできない。許されるエネルギーの流れはブラックホールに向かう一方向のみであり、その逆の流れは存在しない。
エネルギーを含む二つの系(または粒子)AとBとの間には必ず相互作用が存在する。科学が未熟なので、この相互作用を「強い力」「弱い力」「電磁力」「重力」に色分け分割して表現している。本来二つの系AとBとの間に存在する相互作用は一つであり、両者間に働く力も一つである。相互作用を通して、エネルギーは系Aから系Bへ、また系Bから系Aに双方向に流れることができる。本来一つである相互作用を互いに異なる複数の場所から見ると、それぞれ「強い力」「弱い力」「電磁力」「重力」という具合に違って見えるだけのことである。
ブラックホールは、このエネルギー流の双方向性を否定する。エネルギー流の双方向性は常に何処ででも成立しているべきであると考える場合、ブラックホールは実存しないと結論付けることになる。
相互作用の中から重力だけを取り出して計算を推し進めた結果、ブラックホールが存在するという結論に至った。重力は相互作用であり、この点で重力は本質的にエネルギー流の双方向性を肯定する。計算の結果でてきた、エネルギー流の双方向性を否定するブラックホールの存在の意味するところは、その計算が間違っていたということである。
本来一つである相互作用を「強い力」「弱い力」「電磁力」「重力」に色分け分割して表現し、重力と他の三つの力との関連や重力と相互作用との関連を無視し、そして相互作用の中から重力だけを取り出して計算したところに誤りの原因がある。
正しい計算においては、ブラックホールが出現する手前で、重力が弱まる方向に修正を受け、ブラックホールの出現が回避される。ブラックホールになろうとする物質塊が、重力以外の力(強い力、弱い力、または電磁力)に関連して変質し、その結果重力が修正され、物質塊はブラックホールにならず、エネルギー流の双方向性を肯定する別なものになる。

ビッグバン宇宙の年齢と地球から見える大昔に存在していた星

NHKが放送した番組によれば、ビッグバンによりできた宇宙の年齢が137億年であり、ハッブル望遠鏡で132億年前に存在していた星(つまりビッグバンから5億年)が見つかったとのこと。どうやら、このような大昔に存在していた星(太古星)は沢山あって、現在の地球から見るとあらゆる方角にあるらしい。ということは、現在の地球の位置から見ると、その位置を中心にした半径132億光年の球面上に、これらの太古星が分布していたことになる。
ビッグバンから5億年しかたっていない時の小サイズの宇宙の姿と、地球の位置を中心にした半径132億光年の球面上に分布していた太古星とを頭の中で想像してみると、両者がまったくかけ離れているように感じてしまう(本来両者は一致していなければならないのだが)。
両者が一致するように人間のイマジネーションや感覚を修正すべきなのか、それともビッグバン宇宙論が間違っているのか、どっちなのだろう?

菅直人という人間 その3

ここにきていよいよ菅直人は、サイコパス・モードを全開にして、ぎりぎりの場面で勝負強さをいかんなく発揮している。まさに菅直人、絶好調である。菅直人と接触する普通の人々や、菅直人と対峙する普通の人々が、菅直人との試合に勝つことはできない。最終的にこれらの人々は、菅直人との関係を諦めるか、菅直人に絡め取られるかのいずれかになる。
サイコパスの大雑把な特徴は、つぎの通りである。
1.口達者で、皮相的(表面的には魅力的)。
2.思いやりの気持ちや良心の欠如。ただし、巧みな演技により、さも思いやりの気持ちや良心を持ち合わせているかのように振舞う。
3.ずるく、ごまかしがうまい。
4.病的に嘘をつき、他人をだます。
5.言葉と行動が全く噛み合わず、信じられないくらい無責任。
6.追い詰められると逆切れする。
実はサイコパスの特筆すべき特徴は、他人との勝負における絶対的な強さにある。そもそもサイコパスにとって、利害が絡むどの人との関係も勝負に置き換わってしまう。そしてサイコパスは、自分の人生のすべてをそれに勝利するために惜しげもなく捧げる。勝利のためであれば、明らかな脱法行為は別として、サイコパスは無感情に何でもする。この点におけるサイコパスの得意技の一つが、嘘をついて他人を味方につけ、その味方を勝負に利用することである。不幸にしてサイコパスの対戦相手となってしまった普通の人は、サイコパスに絶対に勝てない。普通の人が持ち合わせている良心や思いやりの気持ちが、途中で勝負に横槍を入れるからだ。また普通の人には、自分の人生のすべてを勝負に注ぎ込むことなどできないからだ。
勝負中のサイコパスは、五感が異常に研ぎ澄まされている。対戦相手の針の穴ほどの隙も見逃さない。そして、見つけた隙にすかさず攻撃を加える。実際には自分は手を出さず、味方に攻撃させることもある。こうして、対戦相手の一つの壁を破壊する。このようなことを繰り返して、サイコパスは対戦相手のすべての壁を壊して、最終的に対戦相手に勝利する。一見サイコパスにとってとても勝ち目の無いような大物対戦相手であっても、その対戦相手が普通の人であれば、最終的に勝利するのはサイコパスである。
きわどい試合を勝利に導くサイコパスの芸は、見事と言うほかない。あっと驚く奇手を連発し、よろけながら綱渡りを繰り返し、何度も危機を乗り越えて、何とか最後に勝利に辿り着く、まさに映画の世界。
サイコパスにとって、勝負が人生そのものなのである。サイコパスにとって、勝利することが生きる意味であり、勝利することが生きるための原動力なのである。

日本円と機軸通貨・米ドル

世界の機軸通貨である米ドルは、多数の安全メカニズムを介して、世界経済にしっかりとリンクされている。米ドルに関しては、米国と米国経済がその第一義的責任を負っているが、EU、中国、日本、その他世界の国々と、その国々の経済とが実質的な保証人となっている。つまり、米ドルにストレスがかけられても、ストレスは米国から世界の国々へと分散され、米国とその経済のみならず、その他世界の国々とその経済とがストレスを引き受け、受け止めてくれるのである。このため、米ドルにストレスがかけられた場合、ストレスのレベルが世界経済の崩壊を引き起こす閾値の手前であれば、米ドルは崩壊しないし、世界経済も崩壊しない。これが、米ドルが持つ機軸通貨であるがゆえの強みである。
近年、FRBが米国国債を大量に買って、米ドルにストレスをかけている。しかし、このストレスのレベルは世界経済崩壊閾値の遥か手前であり、米ドルにとってはたいして影響を受けない。
他方、日本円は世界の機軸通貨ではない。日本円には、米ドルが持つ機軸通貨であるがゆえの強みが、存在しない。日本円にストレスがかけられた場合、日本と日本経済のみとでそのストレスを引き受け、受け止めなくてはならない。
日本国債が売れなくなった瞬間に日本国財政破綻が起こる。日本国債を買う日本国内の余力は、急速にゼロに近づきつつある。日本国財政破綻が起こると、日本国債が暴落するので、日本円も事実上崩壊する。すなわち、日本国債を買う日本国内の余力がゼロに近いということは、日本円も崩壊の近傍にいるということである。日本円が危険域にある、ということである。米ドルに対して日本円が高い水準にあるという最近の事実は、日本円が崩壊していない領域での話であって、日本円が崩壊の近傍にいるということを否定し得る指標ではない。
このような状況のもとで、仮に大震災復興財源捻出のために日本国債が発行され、そして日銀がその日本国債をすべて買うという政策が採られた場合、買った分のストレスが日本円にかかることになるが、そのストレスの大きさによっては危険域にある日本円を容易に崩壊させてしまう。したがって、たとえ大震災復興のためだとしても、日銀が復興財源用の日本国債を買うのは禁じ手である。

消費税率引上は日本国財政危機を緩和する方向には働かない

実質的な日本政府を組織する財務省等の官僚機構が、数年内に消費税率を10%に引き上げることを、政治家等のメッセンジャーを使って高らかに宣言している。
かつて消費税率を3%から5%に引き上げた時に起こったことは、消費税による税収は増えたが、消費税率引上により経済活動にブレーキがかかり、経済活動に依存する消費税以外の税収が大きく落ち込み、結果として消費税率引上前よりも全体の税収が減ってしまったことだ。
このことから類推されるように、消費税率を10%に引き上げても、経済活動にブレーキがかかる分、全体の税収が減ることになる。明らかに消費税率引上は、日本国財政危機を緩和する方向には働かない。むしろ消費税率引上は、日本国財政危機を煽る方向に働く。
そもそも、日本国財政赤字の主因は、公務員の給与が高過ぎることにある。税収が70兆円しかないのに、そのうちの60兆円が実質的公務員人件費に消えてしまっている。公務員給与を大幅に削減することなしに、日本国財政危機を緩和することはできない。
公務員給与を大幅に削減しない場合、いずれ近いうちに日本国財政破綻が起こる。日本国財政破綻が起こると、いやおう無しに公務員給与が大幅に削減されることになる。
どちらにしても、公務員給与の大幅な削減、が実行されることになる。公務員給与の大幅な削減を議会活動等を通じて自主的に実行するか、日本国財政破綻が起こることにより公務員給与の大幅な削減が強制的に実行されてしまうかの違いである。

日本国財政破綻 結果から主因を探る

推理ドラマの決まり文句に「この殺人の結果、最も利益を得る者が犯人である」というのがある。結果から犯人を特定しようとするのである。
日本国債が売れなくなった瞬間に日本国財政破綻が起こる。中国が日本国債を買っているが、日本円が機軸通貨ではないので、中国による日本国債の購入額はかなり制限されたものとなり、多くは期待できない。
日本国債を買う日本国内の余力は、急速にゼロに近づきつつある。自国通貨ドルが機軸通貨である米国では、FRBが米国国債を買っても、FRBによる米国国債購入による悪害が希釈され、ただちに米国がシーリアスな経済状況に陥ることはない。一方、日本円は機軸通貨ではないので、日銀が日本国債を買えば、それによる悪害がもろに出ることになる。したがって、日銀が日本国債を買うのは禁じ手である。
日本国が財政破綻すると、何が起こるだろか?夕張市の財政破綻から類推すると、公務員の給与が大幅に削減される。これが日本国財政破綻の結果である。すなわち、日本国財政破綻の結果は、公務員の給与が大幅に削減される、ということである。この結果が意味するところは、日本国財政赤字の主因は、公務員の給与が高過ぎるということである。
1990年代後半から日本国財政赤字が急激に増えている。この間、公務員の年収が急上昇している。公務員の年収が非公務員の年収を上回り、そして今ではその格差が二倍以上に達している。日本国財政赤字の急増と、公務員年収の急上昇とは、互いに同期している。何しろ、税収が70兆円しかないのに、そのうちの60兆円が実質的公務員人件費に消えてしまうのだ。
日本国財政破綻を起こしてハードランディング的に公務員の給与を強制的に大幅に削減するか、議会活動等を通してソフトランディング的に公務員の給与を大幅に削減するかの、二者択一である。
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