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核融合炉

核融合炉の実現に向けて、研究が進められている。研究をすること自体は、悪いことではない。付随的に新たなことが色々分かるし、新しい技術が開発されるし、また技術面での進歩もあるからである。
よく知られているように、太陽は核融合炉である。結論から言うと、核融合炉を実現するには、太陽と同じものを作る必要がある。地球上で人類が太陽と同じものを作ることはできないので、そういう意味で人類には利用可能な核融合炉を作ることはできない。
物理学がさらに進歩して、数学やコンピュータがさらに進歩して、そして一人の天才が現れて、その天才が物理学、数学およびコンピュータを駆使して、核融合炉を実現するには、太陽と同じものを作る必要がある、ということを証明することになる。
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進化論と天地創造説

天地創造説によれば、神が無からこの世のものすべてをたった数日で造った、とのこと。学校や社会で進化論を叩き込まれた人は、天地創造説と聞くと、冗談でしょう、と思うことだろう。普通に考えれば、天地創造説を信じることはできない。それでは、進化論は信じるに値するものなのだろうか?
生物の例として、トンボを見てみよう。4枚の羽を自在に操って、空中静止、超低速飛行、中速飛行、高速飛行、急加速、急減速、急速方向転換、緩速方向転換、大回りの旋回、小回りの旋回、空中静止からの急発進、急停止などなど、なんでもござれ。こんなものに、大腸菌のような単細胞生物が進化してなれるのか?どんなに突然変異を繰り返しても、どんなに世代交代を重ねても無理だろう。
羽を持つ前の始祖昆虫の一匹の雌と一匹の雄がもうけた子供達がこの世で初めて羽をつけていたとしよう。子供達は羽の動かし方を知らないので、風が吹くと羽に当たる風で体が煽られるだけだ。世代交代を重ね、何度突然変異を繰り返しても、羽の動かし方を知らないので、風が吹くと羽に当たる風で体が煽られるという昆虫のままだ。世代交代を重ね幾度も突然変異を繰り返すことにより羽の動かし方を学習するのだ、と言えばもっともらしく聞こえるが、この話は論理的に飛躍していて破綻している。要するに、世代交代を重ね、何度突然変異を繰り返しても、羽の動かし方は知らないままなのであり、自分で羽を操作して、空を飛ぶことなど起こり得ない。まして、トンボのように自由自在に空を飛ぶことなどあり得ない。空を自由に飛ぶという強い欲求が無い限り、実際に空を自由に飛ぶことなどできない。この強い欲求こそが、世代を越えて、試行錯誤を繰り返すことを可能にし、ついに空を自由に飛ぶことを実現し得るのだ。そういう強い欲求が昆虫にあったとは思えない。
神が無からこの世のものすべてをたった数日で造ったという天地創造説を全面的に信じるわけにはいかないが、そこには何とも言えぬ魅力的な部分がある。その魅力的な部分は、人間の直感に沿うものであり、次の考えに共鳴する。進化の結果トンボが出現したのではなく、トンボはトンボとして始めからこの世に出現したのだ。トンボの驚くべき飛行能力を見ると、そう考えざるを得ない。人類もまた然り。

ニュートンのバケツと核子のスピン

ニュートンによれば、水を入れたバケツが回転していると、遠心力で水が外側に押し出され、バケツ内の水面がバケツの中心では凹み、外周部では盛り上がる。バケツが回転していないと、バケツ内の水面は平である。だからバケツが回転しているか否かは、バケツ内の水面を見れば分かる。宇宙にバケツしか存在していない時も、このことは変わらない。
ところがマッハが、バケツが静止している一方でバケツの外側の全宇宙がバケツを中心に回転している場合も、ニュートンが言うバケツが回転している場合と同様にバケツ内の水面に凹凸が生じると主張した。マッハの概念によれば、バケツしか存在しない宇宙を考えることはまったく意味のないことである。
どうやらマッハの考えの方が正しいようだ。マッハの概念によれば、物の回転は物の外側の全宇宙に関連する。
素粒子のスピンは、素粒子の自転(回転)に基づくとされている。流行の理論(量子色力学)によれば、核子は複数のクォークとグルーオンから構成されている。そして、クォークには内部構造が無い、とされている。つまり、クォークは分解できない究極の粒子というわけである。核子にはスピンがある。クォークにもスピンがある。実験で、核子のスピンがクォークのスピンによってのみ形成されることが否定されてしまった。そこでグルーオンのスピンが核子のスピンに大きく寄与しているという考えが提出されたが、この考えも実験で否定される方向にある。要するに、上記の流行理論は、核子スピンの問題で、破綻が明らかになった。
そもそも核子は、複数のクォークとグルーオンから構成されている、といったそんな単純なものではない。上述のように、実験結果は上記の流行理論(量子色力学)が破綻していることを示している。それにクォークにも、内部構造がある。ただそれを確かめる実験装置やそれを示す宇宙線を、人類がまだ手にしていないだけだ。
物の回転は物の外側の全宇宙に関連するというマッハの概念を、再認識しなければならない。素粒子の自転(回転)に「スピン」という名前を付けるだけで、素粒子の自転(回転)についての思考を停止していいはずはない。素粒子の自転(回転)について正面からその謎解きを推し進めることが、核子を捕らえる新たな理論への道につながる。

ヒッグス粒子は存在しない

素粒子の標準モデルの基礎を成すゲージ場理論は、すべての素粒子の質量が厳密にゼロであることを強要する。ところが実際には、光子以外の素粒子は質量を持つ。
この矛盾を解消するために、架空の新たな粒子、すなわちヒッグス粒子が持ち出された。真空はヒッグス粒子で満たされ、真空にはヒッグス場が形成されている、ということになっている。そして素粒子の運動はヒッグス場においては制限され、その制限が素粒子に質量を持たせる、ということになっている。
これはおかしい。実験結果と合わない理論の欠陥を、つぎはぎで補修するかのように、架空の新たな粒子を持ち出して取り除こうとしている。質量は素粒子にとって本質的に重要だ。それは質量が素粒子の持つエネルギーそのものと言って良い位だからだ。本質的に重要な素粒子の質量に関して実験結果と合わない理論を話の基礎にしてはいけない。素粒子の質量の代わりに架空の新たな粒子を持ち出しても、それは謎の先送りにしかならない。実験結果と合わない理論をつぎはぎして無理やり実験結果に合わせるようにしても、知らないうちに別な点で矛盾が生じ、それが拡大して、結果的には滅茶苦茶などうしようもないものになるのである。素粒子がヒッグス場から受ける質量を生むとされる作用は、ミクロの世界で起こる。一方、地球の質量と太陽の質量との間には引力が働いている。ミクロの世界で生じた質量が、このようなマクロの世界における複数の星の間に働く引力と調和することはない。
本質的に重要な素粒子の質量に関して実験結果と合わない理論の欠陥を補修するために便宜的に持ち出された架空のヒッグス粒子が、実在するはずはない。
CERNの巨大加速器を使って、ヒッグス粒子を捕らえる実験が行われている。ヒッグス粒子は存在しないのだから、そもそも実験でそれを捕らえることなどあり得ない。

台風と量子化

地球洋上においては、赤道付近の熱い領域から、それよりも北の冷たい領域へ熱エネルギー(運動エネルギー)が散逸してゆく。場所によらず、しかも一定の率で、熱エネルギーが移動してゆけば、台風やハリケーンは発生しない。
ところが、赤道付近の熱い領域において、熱エネルギーの移動に関するほんの些細な場所的な不均一や時間的な非定率が所定の初期条件の範疇に入ると、この熱エネルギーの散逸に量子化が起こる。量子化が起こると、熱エネルギーが局所的な渦巻の塊を形成し、この渦巻塊の北方への移動とともに、熱エネルギーが散逸してゆくことになる。この局所的な熱エネルギーの渦巻塊が、台風やハリケーンである。
一つの渦巻塊における熱エネルギーの総量、すなわち一個の台風やハリケーンの強度は、台風やハリケーンの発生領域と熱エネルギーの散逸先である領域との温度差に依存する。台風やハリケーンの発生頻度は、赤道付近の熱い領域の気象条件が、所定の初期条件の範疇に入る熱エネルギーの移動に関する場所的な不均一や時間的な非定率をどの程度起こしやすいかに依る。
要するに、地球洋上における熱エネルギーの流れという場が量子化され、台風やハリケーンが出現するのである。
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