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心にあいた穴

心に大きな穴がポッカリとあいている。穴を埋めようとして、金持ちになった。でも、穴は埋まらない。穴を埋めようとして、高い地位を得た。でも、穴は埋まらない。穴を埋めようとして、有名人になった。でも、穴は埋まらない。穴を埋めようとして、奉仕活動に一生懸命取り組んだ。でも、穴は埋まらない。もう諦めた。やがて気付く。穴を埋めようとしてもがくことこそが、人生そのものだと。
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簡単な葬儀と嫌味

A子はもうすぐ60歳。5年にわたる夫に対する壮絶な在宅介護を経て、夫は入院した。しかし夫はとうとう力尽きて、入院先の病院で無くなった。A子と、A子と夫の子供達が夫を看取った。
在宅介護中に、死期が近づいたことを悟った夫とA子は葬儀について何度か話し合った。いつも夫は、家族だけで見送ってくれれば十分であり、親戚等には事後報告でよい、と言った。
A子は、実際の葬儀に親戚を呼ばないわけにはいかない、と判断した。A子の経済状態からすると、通夜や告別式を含む普通の葬式を行う余裕はなかった。普通の葬式の場合、費用はかるく100万円を越えてしまう。A子は、火葬の前に参列者が故人とのお別れのみをする直葬式、すなわち火葬式と呼ばれる簡単なものを選んだ。それでも費用は20万円を越える。後で行う納骨にも20万円近い金がかかる。合わせて40万円がA子が出せる限界の金額だった。
簡単な直葬式で済ますのだからと、A子は香典を一切受け取らない方針を立てた。香典を受け取るとそのお返しが大変といことも、この方針を立てた理由でもあった。
A子は、業者に香典無しの直葬式で予定を組んでもらった。電話で夫の親戚達に式の日取りやその内容を連絡すると、どの親戚からも式の内容にクレームがついた。通夜や告別式の無い式は認められないというクレームであり、香典を受け取らないのは人を馬鹿にしているというクレームであった。A子の金銭的限界が、A子をかたくなにしていた。電話口でA子は、生前夫がそういう簡単な式を強く希望していましたので、そのようにさせていただきます、と譲らなかった。A子は、強引に押し切った。
直葬式の当日、始めから夫の親戚達がいやな雰囲気をかもし出していた。式の最中A子は夫の親戚達からチクチクと嫌味を言われた。いずれ時間がくれば式は終わる、ということをA子は自分に何度も言い聞かせながら、A子は辛抱強く耐えた。なんとかA子は式を乗り切った。
さてさて、夫の親戚達の考えは、世間で言う常識に照らせば、もっともなものである。一方、葬儀について生前の夫の希望やA子の経済状態を考えれば、A子が行った直葬式は責められるようなものではない。どちらが正しいかという問題ではなく、どちらも正しいのである。正しいことのぶつかり合いは、世の中では沢山起こる。そんな世の中を少しでも丸くするには、次のような知恵が役に立つ。
事象が犯罪に絡むものでない限り、自分の考えを他人に押し付けないこと。どんなにすばらしいと自分が思う考えであっても、決して他人に押し付けてはいけない。他人には他人の考えがあり、他人の行為にはそれなりの背景があるのである。上の例で言えば、A子が執り行う直葬式に夫の親戚達は一切文句を言ってはいけない。夫の親戚達はその直葬式で精一杯故人に哀悼の意を表せばよいのである。
しかしこのあたりのことを含めて人間や人生を理解している人の数は少ない。世の中、正しいことのぶつかり合いで、今日も波立っている。

在宅介護の大変さと価値観の押し付け

A子はもうすぐ60歳。2歳年上の夫B男が20年前に倒れた。時間の経過とともに進行してゆく不治の病と診断されたが、現在の病状であれば手術により日常生活が可能なレベルまで回復可能とのこと。夫は手術を受けた。医者の見立て通り、退院後夫は健常者というわけにはゆかないが、仕事を続けることができた。その後は3年に1度手術を受け、夫は何とか仕事を続けることができていた。ところが今から5年前、病気の進行による運動機能の低下により、夫は道で転んで脚の骨を折ってしまった。骨をボルトで繋ぐ手術を受け、脚は回復したはずなのだが、それを機に夫は介護を要する体になってしまった。
在宅介護が始まった。A子は仕事を持っていたので、ケアマネージャーを介して訪問ヘルパーの力を借りた。A子は朝起きると、洗濯機を回し、夫のトイレ誘導とオムツ交換を行う。トイレ誘導は、ベッドとトイレの往復に車椅子を使う。そして、夫と自分の朝食を作り、夫が朝食を取るのをサポートしながら自分の朝食を済ませる。その後、洗濯物を干し、仕事のために家を出る。午前中にヘルパーが来て、夫の下の世話をしてくれる。お昼もヘルパーが来て、夫に食事をさせてくれるとともに、夫の下の世話をしてくれる。夕方もヘルパーが来て、夫の下の世話をしてくれる。A子は仕事からの帰りに買い物をし、自宅に着くと、夫のトイレ誘導とオムツ交換を行う。次に、洗濯物を取り込む。そして、夫と自分の夕食を作り、夫が夕食を取るのをサポートしながら自分の夕食を済ませる。寝る直前にも、夫のトイレ誘導とオムツ交換を行う。平日はこのスケジュールでA子は頑張った。日曜日は大変だ。ヘルパーが来ないのだ。朝起きてから夜寝るまで、ずーとA子が夫を介護しなければならない。
A子と夫との間に子供はいるが、もう成人している。A子は在宅介護を始めるにあたり、子供を介護に引き入れることはしない、と誓った。子供には子供の人生があるのだし、介護によってその人生が歪められてしまうことを避けたかったからだ。子供には自由な人生を歩んでほしい、と思ったからだ。
在宅介護の間も、1ヵ月に1度は夫を病院につれてゆかなければならない。A子は仕事を休み、夫を車椅子に乗せ、バスで病院まで往復する。介護タクシーを使えば、A子はずっと楽になるのだが、往復で1万円もかかってしまう。A子にそんな金銭的余裕はない。バスで往復すれば800円で済む。道で夫を乗せた車椅子を押している時に、ベビーカーを押している母親とすれ違うと、A子は悲しくなった。車椅子を押しても押しても、夫の病気は悪化してゆく一方で、よくなることはないのだ。ベビーカーの赤ちゃんは、そのうちベビーカーから降りて元気に歩くようになるのだ。
夫の病気は確実に進行していった。肉体的な運動機能も確実に低下していった。そして、いよいよ脳機能の低下も目立ち始め、ボケがひどくなっていった。とうとう夫は、喋ることもほとんどなくなっていった。通院も困難になってしまった。トイレ誘導も困難になってしまった。完全に寝たきりの状態になってしまった。食事を取ることも難しくなってしまった。ケアマネージャーに、もう在宅介護は無理だ、ヘルパーも責任を持てない状態だし、第一あなたが倒れてしまうよ、と暗に夫を入院させるようA子は忠告を受けた。夫が満足に食事が取れなくなったこと、またそれによって夫の体温が不安定に上下することに、A子は困り果てていた。A子は精も根も尽き果てていた。
A子は医者に相談した。医者に窮状を訴えた。医者にケアマネージャーからの忠告を伝達した。医者は了解し、入院の予約をとってくれた。
入院当日、A子は子供の力を借りた。タクシーを呼び、子供と二人で痩せ細った夫を抱きかかえながら運び、夫をタクシーの中へ押し込んだ。見かねたタクシーの運転手が手伝ってくれた。タクシーの中では、夫を真ん中にして子供と二人で両側から夫を支えた。病院に着くと、子供と二人で夫をタクシーから引きずり出し、何とか車椅子に乗せた。入院手続きを済ませた後、子供に付き添ってもらいながら、A子は車椅子を押して、病室のベッド脇まで夫を運んだ。後は病院の看護師がやってくれた。
ベッドに横になっている夫を見やりながら、A子は心の中で涙を流し、夫に最期の別れを告げた。もう夫は生きて自宅に帰ることはない。この日子供に手伝わせ、同伴させたのも、子供に父親との最期の別れの機会を与えるためでもあった。病院から帰ると、A子は夫の兄弟に、夫が入院したので顔を見せに行ってほしい、と連絡した。
A子は、人生に区切りを付けたいと強く願った。夫との最期の別れは、もう済ませた。もうA子は、病院には行きたくなかった。それでも、仕事が休みの土曜日に、消耗品の介護用品を届けに病院に行った。その際は、何の反応も無い夫の顔に手を差し伸べて、生きていることだけを確認した。A子は思った。ここまで何とか来れたのも仕事のお陰だと。仕事を持っていなければ、とうに身も心もパンクしていたはずだと。実際、仕事をしている間だけ、A子は介護から身も心も解放されていた。
A子の頭の右と左に、夫がA子に言った2つの台詞が張り付いている。一方は、夫の意識が割合しっかりしている頃の台詞で、「もし俺が元気になりお前より長生きするようだったら、俺はお前の下の世話をしてお前を見取ってやる」というものだ。他方は、夫がほとんど喋らなくなった時に、驚くほどはっきりした攻撃的な口調で言った台詞で、「お前は俺のことを人間扱いしているか?」というものだ。また、A子は夫の葬式のことを考え始めていた。夫の葬式のことは、重石のように、A子の心を沈ませていった。
ある土曜日、A子が介護用品を届けに病院に行くと、夫の兄弟(姉一行)も来ていた。初めて病院で夫の兄弟と出会った。夫の兄弟はA子に怒っている様子だった。夫の兄弟は、「看護師さんに訊いたら、あなた病院に殆ど来てないそうじゃないですか。私達はB男がとても心配でちょくちょく来ているのですよ。B男がこんな時にあなたがしっかりと付き添わないでどうするのよ。妻ならそうするのが当たり前でしょう。あなたからほっておかれるなんて、B男が不憫で不憫で・・・・・・可哀想」。A子は、入院する前はちゃんと介護をしていたんですよ、としか反論できなかった。A子は、夫の兄弟との間に意識の絶望的な段差があることを感じた。それ以上、言葉を発する気にはなれなかった。
さてさて、B男の兄弟の発言内容は、世間で言う常識的なもので、誰でもそう言われればそうかなと思うでしょう。A子の精神状態や行動も、A子を良く観察すれば、納得できるものである。どちらが正しいかという問題ではなく、どちらも正しいのである。正しいことのぶつかり合いは、世の中では沢山起こる。そんな世の中を少しでも丸くするには、次のような知恵が役に立つ。
事象が犯罪に絡むものでない限り、自分の価値観を他人に押し付けないこと。どんなにすばらしいと自分が思う価値観であっても、決して他人に押し付けてはいけない。他人の人生は、その人自身のものなのである。上の例で言えば、死期が近い夫が入院したら妻が病院にこまめに通い夫に付き添うべき、というのもあくまでもB男の兄弟の自分の価値観なのである。そう思わない人もいるし、そういう行動を取れない精神状態にある人もいる。そういう行動を取ってない人に向かって、そういう行動を取るべきだ、と言ってはいけない。B男の兄弟は、自分の夫がそういう状態で入院した時に、自分の価値観に従って、自分が病院にこまめに通い夫に付き添えばよいのである。自分の価値観は、自分の中だけに留めるべきなのである。このあたりのことを含めて人間や人生を理解している人の数は少ない。世の中、正しいことのぶつかり合いで、今日も波立っている。

日本一多く蟻を殺した男

日本一多く蟻を殺した男がいる。彼には、いつから蟻を殺し始めたのか、という記憶がない。幼児の頃からそれを始めていたようだ。
彼が子供の頃のやり口はごく単純で、巣の周辺で群れている蟻を片っ端から足で踏みつぶすというものだった。彼が少し成長すると、蟻を一匹殺さないように摘まんで、それを蟻地獄に放り込んで、蟻が逃げようとするも砂の壁に阻まれ、最後には捕獲され、砂の中に消えて行くのをじっと見る、ということもしていた。
さらに、同様に蟻を一匹殺さないように摘まんで、今度はそれを蜘蛛の巣に投げ込んで、蜘蛛の巣に引っ掛かった蟻が蜘蛛に襲われ、そして蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされた後、体液を吸われながら殺されてゆくのをじっと見る、ということもしていた。この時は、蟻がやられた後に、蜘蛛への「お前よりもっと強いのがいるんだ」という気持ちを込めて、木の棒で蜘蛛を叩き落し、そして巣を完全に破壊するようにしていた。
また、日が当たっている場所で、虫眼鏡で太陽光を一匹の蟻に集中させ、やがて煙を出しながら焼け死んでゆくのを見る、ということもしていた。
彼によるこのような殺戮は、彼が中学を卒業する頃まで続いた。その後、彼は蟻への殺戮をピタリと止めた。いずれにしろ、彼が殺した蟻の数は、間違いなく日本一多い。
彼が大人になると、不幸が次々と彼を襲った。不幸に次々襲われる理由は、始め彼には分からなかった。しかし、年月が経つと、不幸に次々襲われる理由は蟻を殺戮したからだ、と彼は考えるようになった。そう考えるようになってからも、彼には次々と不幸が襲ってきた。いつの頃からだろう、これからも一生不幸に次々襲われることになる、おれがやった蟻への殺戮はそのくらい酷いレベルだった、と彼は諦めるようになった。
今彼は、歩いている時に自分の足が着地しようとする場所に蟻を発見すると、反射的にその場所への足の着地を回避するようになっている。

借金と夫婦関係

妻を介して、夫が妻の親から借金を頼まれた。夫は、今後の夫婦関係を考え、そして妻の顔を立てる意味もあって、借金の依頼に応じ、妻の親に金を貸した。
貸してからしばらくの間は、夫に妻の親は少しずつ借金を返してくれた。しかし、ある日を境に借金の返済は滞り、結局残りの借金は踏み倒されてしまった。夫は、金を貸した自分が悪い、と思うことで自分を納得させるように努めた。借金を踏み倒されたことで、夫が妻を責めることはなかった。
ところが、借金踏み倒し事件が起きてからというもの、この事件とはまったく無関係の問題で、夫が妻に意見や注意をすると、その度に妻はすぐにキレるようになってしまった。夫には、妻がすぐにキレる理由が、はっきりとは分からなかった。
後日、「私の親が借金を踏み倒したことで、私の夫は私を恨み、私を徹底的にいじめるようになった」と妻の友人に妻が愚痴を言っていたことが、人伝いに夫の耳に入った。
その日の夜、夫は妻に「私を誤解している」と話し、「私は借金を踏み倒されたことはもうあきらめたし、そのことを根に持って、君に意見や注意をしたんじゃない。借金の踏み倒しとはまったく別な問題で君に意見や注意をしたんじゃないか。それは君も分かってるだろ」と続けた。しかし、妻はまったく取り合わず、激怒しながら「あなたは借金を踏み倒されたことに怒って、私をいじめてるだけじゃない。そうでしょっ」と叫んだ。
そもそも、妻の口利きだからと言って、夫は妻の親に金を貸してはいけない。よっぽど出来た人でない限り、女は被害者意識の塊。自分が口利きした借金が踏み倒されることは、女の被害者意識に火をつける。それからというもの、被害者意識が燃えに燃える。そうなると、完全に妻は夫の手に負えなくなる。
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